「現代俳句」2023年9月号
第七十八回 現代俳句協会賞受賞句集
『その前夜』自選五十句 井口時男
句集の賞があることは知っていましたし、毎年この時期になると載っていたのだと思うのですが……あまり触れてこなかった気がするのでじっくり読んでみました。井口さんは長く文芸批評を書いてこられた方のようで、受賞のコメント欄でも「俳は詩であり批評である」と書いています。句からもその現実的でシニカルな視線を感じます。
僭越ながら、心の残った句を。わたしにとって「自由」とはなんなのか、冷静に見つめていきたいと思わせられました。受賞おめでとうございます。
死は背中より花冷えの街のジャズ
星と星牽き合ふ夜も海鞘(ほや)太る
液晶の水蛇(ヒュドラ)がすべる地下水路
翌檜篇(53) 青年部編
レンタル期限 岡嶋真紀
終末の近い店内きりぎりす
この店は店じまいするのでしょう。閉店ではなく「終末」とあるあたり、ただごとではなさそうです。それなのに「きりぎりす」という、ちいさな存在が現れます。ただごとでない世界の一員なのか、あるいはそんな大それた話ではないということか。その不安定さに惹かれました。
ごはん 髙田祥聖
初雪や君にはそうじゃなくっても
初雪のある景色を想像します。会話の最中に、雪が降って来る。でも、話し相手とは意見が違う。雪に喜ぶ人とそうでない人、という見方もできますが、わたしは雪が降る前の会話に「そうじゃなくっても」と思っているような気がしました。どんな話をしていたのかはわかりませんが、切なさの滲む雰囲気が初雪にぴったりです。
朝蟬 竹内優
焼烏賊持たす鉢巻捻る間を
お祭りの風景の中でのふとした瞬間。ひとつ前の句に太鼓が出てくるのですが、わたしはこの鉢巻を捻った人が次の太鼓を叩く人、と想像しました。ずっと同じ人が叩くこともあるのでしょうが、何時間も叩き続けられるものではありません。そろそろ出番だな、と鉢巻を捻るとき、手に持っていた焼烏賊を誰かに持たせている。そんな瞬間に立ち会えたら、微笑ましくて笑ってしまいそうです。
うらがは 南方日午
もののけはひとのかたちに召して夏至
一年で一番昼が長い日だから、もののけを人の形にしてあげないといけない。夜なら本来の姿でいいのでしょうけれど。「召して」と言う限り、視点はもののけを呼び出せる人。陰陽師かもしれません。語感が心地よい句です。
選評や句評、いわゆる鑑賞というところで、どうしても自信が持てないわたしですが、とは言え誰かを真似たとて借り物の言葉ばかりなので、それはそれでしっくりこない。わたしは「わたしはこう読みました」と胸を張って言えるような、自分の言葉に責任が持てる鑑賞(感想)を心がけています。それが喫茶店でのおしゃべりみたいに聞こえても、野球中継の実況のように聞こえても構いません。創作の感想は、どんなジャンルであっても作者へのリスペクトと愛を持ってお届けしていく所存です。
さて、今回のnoteのBGMを紹介しておきます。好きなインストバンドの最新アルバムです。特に好きな曲はシングルカットされている「華火夜景」ですが、タイトル曲「Crossing」も透明感があって素敵なのでぜひ。
俳句と同じだけ音楽が好きなので(まったく詳しくありません。好きな曲しか聴きません)、「こういう曲みたいな雰囲気の俳句が作りたいな」なんてこともしばしば。わたしの目標のひとつに「音楽が聞こえてくる俳句」がありますが、先はまだまだ長そうです。
それでは最後までお付き合いいただきありがとうございました。また次回。