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短編集【シャンプー瞑想】        第3話降り止まぬ雪



第1章 夜の散歩
夫は、携帯で女の子と話している。
夫の前の奥さんとの子だ。
あの娘の誕生日にプレゼントを送ったらしい。それに対してのお礼の電話をしてきたみたい。
前の奥さんは、夫の家業を手伝うのが嫌で、自分は教員試験を受けると言って家出し、結局離婚したと、姑に聞いた。彼女は大学生の時、スナックでバイト中に夫と知り合い、先に子供ができて、結婚したんだって。でも、結婚後でも、教員にはなりたかったが、姑に教員になるのを反対されて、出ていったらしい。

姑が独身の私のことを、どこで聞いたのかわからないけれど、うちの息子と見合いさせてほしいと、私の母に言ってきて、母も『逢ってみるだけでもいいんじゃない』かと、私に勧めてきたのだった。

当時、私には投げやりな一面があった。いつも、私が断ったら相手が困るのではと、断りきれない性格でもあった。
なんで、人の顔色見ちゃうんだろうか?
自分は、小さい頃から、母さんが苦労している姿を見ると、いい子でいなくっちゃと思うような子でもあった。母さんが夜遅くまで働き、いつも苦労しているイメージがあったからかな。
母さんのススメに弱いのだった。

それと、数年お付き合いしていた人に、急にお別れ言われて、喪失感が大きかったんだと思う。
愛なんて、不確かなものに振り回されない人生がいいと思っていた。
経済力がある人で
結婚したら、一生裏切らなさそうな男性が望みとなった。
お小遣い15万円に釣られるなんてどうかしていた。
お金さえあれば、好きなものを買えるし、子供育てるときにも安泰だ。

だけど、夫の給料の他に15万円かと思ったら、結婚後、毎月二人で15万円だけだった。
えー!!
ペテンにあったみたいな気持ちになった。
口約束だから、言ったかどうか水掛け論になるだけと判断して、内心、本当に後悔した。
夫の両親と同居生活のうえ、安月給で我慢する、古臭い嫁を演じていなければならないという薄暗い展望が目の前に広がった。
よく考えもせず、嫁に来ちゃったな。
しかも、前の嫁や子供とは、もう逢わないから安心して嫁に来てと、姑が断言したはずなのに、結構電話がかかってくる。
(ショートメールにしてください。)と思うけどね。

今日だって、そんなこんなで、電話で話している。

7ヶ月の長女が、泣きながら反っくり返り、落としそうになったので、
ベッドに置いたら余計に泣き叫んだ。
夫が、顔をしかめながら、ちらっとこっちを見るので、長女を抱っこベルトで抱っこして、私は外に出た。

思いつくまま子守唄を口ずさんで、子のお尻を右掌でぽんぽんして
あやしながら、とぼとぼ、町内散歩だ。
「守りもいやがる、盆から先にゃー、雪もちらつくし子もなくしー」
子守唄って哀愁のあるメロディーが多いな、、、つられてなんとなく感傷にふけっちゃう。
夫の押し入れに,あの子のアルバムがとってあった。
回転木馬に乗って手を振ったり、ソフトクリームを持っていたり、、、。
夫にはあまり似ていない。強いて言えば鼻が夫似かな。

我が子はといえば、夫にそっくり!!
内心、勝ったかもって感じ。
夫の目元は、好き。目元は似ている。
(いやいや、口に出してはいけない。)
似てることが仇になる部分もあるのだ。

似ているからって、夫が手放しで可愛がっている訳では無い。
子育ては、毎日がてんやわんやだ。
おむつ替えた途端に、またウンチ!ってことも度々あるし、夜泣きするし、
寝てほしいとき寝なくて、笑ってほしいとき泣く。
熱出してみたり、咳してみたり、パフォーマンスが半端ない。

夜泣きするときも、夜中なのに子を抱っこ紐で抱いて、
町内散歩に出るときもある。
夜の町内散歩は慣れている。
だが、夜は侘しい。
田舎だから人はいない。
夜逃げする親子みたいだ。
不満なことばかり思いつくし、どん底の気持ちになってしまうのが、夜の散歩だ。

夜の想いって、普段明るい性格のわたしでもナーバスになる、
潜在意識がありありと滲み出てきてしまう。
思い通りにことが運んでいないときの潜在意識って、自分が不幸の代表者みたいになっているものだ。
この不幸の代表みたいな気持ちが、さらに不幸の連鎖を引き寄せるのかもしれない。
ラブレターなんかも、夜書くと、なんだか情熱の代表者になってしまう。感情が高ぶるのが夜だ。
夜風が吹くとき、春だというのに、先月までの雪の降りしきる様子が脳裏に降りてくる。そんなとき、この子の暖かさがありがたい。
母になってよかったと思う。
何かあっても、可愛い子のために、どん底でもなんとか生きていける。

自分の影を踏みながら、一体どこに行き着くの?
このまま、現実から逃げて、実家に帰っちゃおうかなー。。。
街のはずれまでくると、大きな川がある。
この川を辿っていけば日本海にでるだろう。
橋の欄干にもたれていると、いつかいつか、わたしもこの子も大きな海にいけるはずだという思いも湧いてくる。
人生が終わるとき、私はどんな後悔をするんだろう?
もっと、自分に正直に、自分の理想の結婚を決めておけばよかった。
もっと、あくせくしない時間を過ごしたい。毎朝5時から夜遅くまで家業の来客の接待や家事、育児に追われる毎日を送ってると、どんどん、自分が可哀想になってくるよ。
断ることができたら、もっと、自分の時間が充実するのに、、
友達にも逢えていない。忙しいから、連絡とってない。自分のことを話したりしたら元気出てくるはずなのに。
ようするに、私は、毎日を、こなしてるだけ。子供の可愛さだけが拠り所になっちゃってるよ。
独身のときのように、湧き上がるようなワクワクが、いまはないかもね。
雪はどんどん降りしきる。
満たされぬ思いと重なって胸に降りしきる。
この子もいつか大人になったとき、
女の心には降り止まぬ雪があることを知るときが来るのだろうか。


寝ている子がうふふと笑った。
虫笑いって言うけど、本当に笑っているみたい。
前世の記憶で笑っているのかな?
笑顔が雪を溶かしてくれる。
宿っていた命のように、雪に埋もれた胸の中に、ふっと、思いが芽吹くのだろうか。

。。。春なのに、本当に、みぞれのような雪が降ってきた。

じょんがらが泣き止みませぬ雪の乳 美文


第2章 カズちゃんのシャンプ〜

ある夕方、子と買い物に出た帰りのこと。
「あら〜、赤ちゃん濡れてしまうね。
ちょっと入ってお茶飲んで行かない?」
ご近所の美容院の、カズちゃんが声かけてくれた。
「あ、ありがとう。。」
カズちゃんは私と同じ歳で、気さくな美容師さんだ。
美容院に入って、腰掛けようとしたら、
「赤ちゃん寝ているうちにシャンプーしてあげるよ」
と言ってくれたので、シャンプーしてもらうことにした。
うつうつと暮らしている中で、
美容院でシャンプーしてもらうのが、私の唯一の楽しみなのだ。

美容院のシャンプーチェアに座り、ふわりと香るシャンプーの香りが鼻をくすぐる。柑橘系の香りだ、カズちゃんの手が、優しく頭皮を撫でながらシャンプーが始めまる。指先から滲み出る温かさが、日常の疲れを包み込むようで、心地よい安心感が広がってくるみたい。

泡立つシャンプーが頭皮に触れる瞬間、まるでやわらかな雲が頭上に広がるよう。その心地よい感触が、ストレスや疲れを優しく洗い流していく。シャンプーの泡が髪を包むたびに、日々の重荷が次第に軽くなっていくような錯覚に陥る。

シャンプー後、松果体活性音源が流れ始めた。その音源には、穏やかな自然の音や鳥のさえずり、そして時折聞こえるカチカチという音が混じっている。この不思議な音楽は、なにかの記憶を呼び起こしてくれている感じ。

カズちゃんの手は、ヘッドマッサージを通して頭皮に心地よい刺激を与えてくれる。指先が繊細に動き、時にはカチカチという音に合わせてリズミカルなマッサージ。その心地よい刺激が、まるで心と身体を包み込む温かな波になって広がってくる。

徐々に、頭の中が静かで穏やかな空間へと変わっていく。松果体の石灰化を崩すカチカチという音が、まるで心の奥深くに眠るストレスや疲れを優しく解きほぐしていくかのよう。。その音楽とマッサージの組み合わせが、魔法のジュータンにのっているようでとろけちゃう。
松果体活性音源がやがて、心を静めるかのように小さくなっていき、まるで別次元の世界に浸っていて、見上げれば彩雲が瞼裏いっぱいに広がっていき、幸福感が満ちてくるのだった。

あとから、カズちゃんが教えてくれたんだけど、頭皮の刺激と音楽によって、次第に意識がシータ波状態へと移行していっている。その状態はまるで夢のようであり、同時に深い安らぎと平穏を覚えるものなんだって。

シャンプーはただ、髪の毛をケアするだけのものではないのではないだろうか?
カズちゃんのシャンプーは私にとって、日常の悲観的な思考を前向きな思考へ転換し、
神様の領域に近づくことのできる
素晴らしい儀式なのではないだろうかとさえ思える。

シャンプーされ、ウトウトしている間に私は夢を見た。
カズちゃんが100人くらいの前で大きなワイドスクリーンを背に、
ビューティ&スピルチュアルワールドに登壇し、
シャンプーが日常的な瞑想や心のリラックスの手段になるというアイディアを話している。新しい視点で生活の質を向上させるかもしれないということを話すと、みんなが身を乗り出して聴き始めた。
そして、カズちゃん考案のシャンプー、その名も「シャンプー瞑想」が紹介された。
そして、カズちゃんのシャンプーのルーティンは、新しい時代のヘッドスパ「シャンプー瞑想」と名付けられ、特別な儀式と称賛されて、それを実演している。
カズちゃんのシャンプー儀式は、美しく理にかなったマッサージと誘導瞑想、音源と照明とのコラボーレーションで、モデルさんだけではなく、聴衆の方の殆どが、シータ波状態に導かれていく。

「カズちゃん最高!!」と私は思わず叫んだ。
その瞬間、私は目が醒めた。

「ちょ~気持ちよかったわー。いつも気持ちいいんだけど、今日はこんな夢見ちゃった!!」と夢の内容をカズちゃんに伝えたら

「ははは!!本当にそうなったらすごいね〜。私のシャンプーのやり方、みんなに知ってもらいたいねー。。。キャー!そうなったら私、世の中から引っ張りだこになって忙しくて、なかなか、あんたのシャンプーしてあげられなくなるでしょ。それでもいいかな?」
というので、
「いやいや、だめ〜!!毎日でも、カズちゃんに洗ってもらいたいよ」
などと言っている間に、髪の毛がキレイにドライされ、セットされている。
3000円という安い地方値段。カズちゃんの価値はこんなもんじゃないな〜と思っているけど、ふたりともお金のある人にあったことがないから、地域の相場にあわせてくれている。正直助かる。

毎日、毎日がなんとなく過ぎていく中で、
シャンプーしてもらったあとほど、身も心も軽くなる時間はほかにない。
子育ても嫁家業も、また元気にやっていこうと思って、家路につく私だった。
カズちゃん、本当にありがとう!!

その日の夜、シャンプー瞑想の夢の余韻が私の心に残り、次第に日常に戻りつつも、カズちゃんのシャンプーが与えてくれる特別な安らぎを感じていた。
その夢がまるで予知のように現実となることは想像もつかず、ただただその不思議な経験に感謝の気持ちでいっぱいだった。

数日後、カズちゃんの美容院に行くと、なんとそこにはシャンプー瞑想の広告が掲げられていた。
私の夢の話をカズちゃんはなるほどと思って、広告することにしたんだって。
カズちゃんもシャンプーを通じて特別な体験を提供し、それがみんなにも広がることを望んでいたことに
改めて気づくことだできたそうだ。
私の見た夢の中の、シャンプー瞑想の普及やカズちゃんの功績が、彼女の内面や目標と一致していたとはなしてくれた。
カズちゃんは早速ポスターを作成し、チラシも作り、地元のFM局にいって、シャンプー瞑想体験を宣伝してもらったんだって。それ
から県内に発信しているテレビ局のデレクターに頼んだら、お店紹介の番組に無料で紹介してもらえることになったそうで、カズちゃん行動力すごい。
カズちゃんと私は、ともに、この夢が叶うことを祈った。

思えば叶うって、本当だ!
半年後、朝ワイドの地方紹介で3分くらい紹介されたことがきっかけで、ビューティ&スピリチュアルワールドというユーチューブへの登壇や、シャンプー瞑想の儀式が実現していたのだった。
二人は、驚きと嬉しさで胸がいっぱいになった。

登壇後、美容院には人々が集まり、シャンプー瞑想の魅力を知りたいという声が広がり始めた。
カズちゃんはシャンプー瞑想を特別メニューとして提供し、予約が殺到するほどの人気を博したのである。

新聞やテレビ、ウェブメディアなどが取材に訪れ、シャンプー瞑想が話題となり、他の美容師たちもカズちゃんの手法に影響を受けて同様のサービスを提供し始めた。地域の美容院が一大ブームになり、シャンプー瞑想が広がる様子がメディアで伝えられた。

そのうちには、カズちゃんのシャンプー瞑想が国内だけでなく、海外にも注目を集め、観光業や美容ツーリズムにも繋がるようになってしまった。日本の美容院巡りが新しい旅のスタイルとなり、シャンプー瞑想が人々にとっての癒しの場として親しまれるようになっていったのである。

カズちゃんはシャンプー瞑想の普及に貢献した功績から、地域社会や美容業界から賞賛され、講演やセミナーに招かれるようになった。彼女のシャンプーが、ただの髪のケアではなく、心と魂へのケアとして広く受け入れられ、多くの人たちに愛されるようになったからだった。

私はカズちゃんのシャンプー瞑想を通じて新しい人生を築き上げていった。カズちゃんの優しさと知識が私に光をもたらし、彼女の成功に共感しつつ、私自身も夢を追い求める姿勢が芽生えたからなのである。

成功の一環として、私がカズちゃんのマネージャーとして彼女をサポートするようになった。講演スケジュールの調整や様々なお手伝いを通じて、彼女の仕事を支え、共に旅を楽しむことができるようになったのだった。この経験から、私の生活には新たな余裕が生まれ、それが更なる成功への道を開いていった。
私自身は、シャンプー瞑想により、チャネリング能力が開花し、本当に多くの女性の悩みに対して、運命を好転させるアドバイスができるようになったのである。
つまりカズちゃんのシャンプー瞑想の体験者としていつも登場し、紹介され、チャネラーとして活躍するようになっていったのである。

お金に余裕ができると夫と姑の態度も変わってきた。
夫は、自分の収入が妻の収入を上回ることで自尊心やプライドに影響を受けるかもしれないので、収入はパートの範囲にしてもらったが、なんとなく嫌味言ってきたりした。でも、家族の協力があるからこうしてパートできると感謝。
娘の将来のために必要なお金を準備するためにはいいことだよねと理解してもらえた。
カズちゃんのシャンプー瞑想を通じて培った自己肯定感やポジティブな考え方が、その変化にも柔軟かつ前向きに対応できるようになっていったのである。

家庭でも笑顔で楽しむことができ、夫との関係にも溝を感じなくなっていった。成功と幸福感が、私の人間関係や家庭生活に良い影響を与えていたのである。そして、娘も私の夢や成功を見て、美容師になりたいという夢を抱くようになった。これは私の人生において、新しい世代に夢と可能性を伝える素晴らしい継承となった。

思えば叶うってことを、娘に自信を持って言えるようになったのも、カズちゃんのシャンプーのお陰だな〜。
わたしの予知夢もまんざらじゃなかった。
あの、どこに向かっていたのか分からず彷徨って、降り止まぬ雪を見ていた私は、もう、どこにもいない。
すっかり溶けて昇華し、天の恵みとなって生きているのである。

三輪車いつか大きな海に出る 美文




































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