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私に豊かさ=器の大きさを教えてくれた人

人との縁を投稿した前回。

私が どんな人か?を表すことが幼稚園の頃にあります。(素直な子供ですから、そのままの性格がでます。)

園児にクラスの先生が、父親の職業を尋ねたのです。私になり答えました。先生は、「う〜ん、お父さんのお仕事は、それじゃないでしょ?」先生は、困った顔で「わかりました・・・」と次の子へ。答えは、最後に。

現在の職業になり25年。未だに、どんなことがあっても忘れないのは一年目から2年目。工事業の基本的な書類作りは全く経験はゼロからで、職場の人だけで留まらず、警察署・官庁・・・ほんと 様々な方にご指導頂きました。

どの方も忘れることはありませんが、どうしても残しておきたい方がいます。

弊社の工事は当時、スーパー大手から地場大手が手を出さない工事でした。大手からすると大赤字な工事だったのです。もちろん小さな企業でも合わない。規模が程々の企業だからできる工事。建設業は、その辺の棲み分けがあります。その辺のマナーも礼儀もお互いあります。その辺を踏み間違えると大変失礼なことになります。どんなことも同じです。

同じ工事業の集まりで私は、初めて創業者の代理で幾つかの集まりへ行くようになりました。

書類を提出に、ある会の本部へ。私が入室すると、和んでいた空気が堅くなったのです。会の副会長さんや書類を確認する方の他に、ソファで 男性が1人。

副会長さんへ挨拶をし、書類を提出。その後、男性のもとへ。

私   〇〇会社の〇〇でございます。初めまして。この世界は 初めてで何もわかりません。ご指導頂きましたら 幸いです。

男性  あなたは、私が誰か知ってるのかね?私に挨拶とは、どういうことかね。

私   はい、存じております。何も分かっておりません立場ですので、ご指導頂くほかございません。

男性  ふ〜ん。大変失礼しました。〇〇会社の〇〇です。こちらこそ どうぞ宜しく。

男性は、じっと私の本部内での行動を見ていました。その後、出入り口で皆さんへ 会釈をし、その場を離れました。

実は、本部内で顔を見た瞬間、凍りつきました。どうしたものかとね。しかし、上記の気持ちに嘘はなく素直に出るしかなかったのです。

ある日、急に創業者が出席する会が重なり代理で出席。そこで思わぬことが。

男性が私の姿を見つけるなり・・・

〇〇さん、こちらへ。私の横に座りなさい。

場が一瞬 またまた凍りつき。他社の参加者も、「何事!?何が起きた!?は!?どうして、〇〇会社の社長の娘が横に座る!?」目を白黒させたような状態。男性は、笑顔でした。その後、場が和みました。

会を終え 帰宅する時、創業者と仲良し企業の社長さんが私を手招き。ことの経緯をお尋ねになりました。すると・・・

君は、いい事をしたね〜。そりゃ〜いい。なかなかできない事だよ。その姿勢は大切になさいね。みんな、彼と君のお父さん2人が揃うと空気が堅くなって大変だったんだ。君は、いい事を彼にした。ふ〜ん。ありがとう。これからも参加しなさい。勉強になるから。

ふふふ。そうなんです。私が挨拶した男性は・・・

弊社が創業当時からの最大のライバル会社の創業者である社長さん。

先方と弊社の創業者同士が、直接的に大喧嘩はしないものの、仕事では猛烈なライバル。蹴飛ばし合いだったのです。だから、双方の取引会社の担当者や関係者は、戦々恐々だったのです。

ご一緒する会は全て 気を留め 声をかけて頂いて様々にわからないことをご指導頂きました。

噂で耳にした創業者である父は、私にことの経緯を問い詰めました。すると・・・

お前は、アレに対してそんな事をしたのか・・・。ふ〜ん。そうか・・・・・・。アレがね・・・。そうか・・・。

その場を離れた私を父は、じっと見てました。というか、目が点になってました。何より ライバルが娘に気を遣ってくれたことが嬉しかったようです。

それからでしたね、その社長さんから学びました。どんな相手であっても、穏やかに大らかに 迎えることの大切さ、許すことの大切さ。数歩引いて考えて行動することの大切さ。

暫くして 癌で急逝された時は、とてもショックでした。恩師を亡くした感じでした。

思いましたよ、器の大きな人というのが どんな方か。どんな大きな商売であっても、どんな位置にいようとも、謙虚であるってこと。社長さんと同業であることを誇りに思えました。同じ時代に、福岡の街をつくれて良かったと思いました。

一生 忘れない方のお一人です。

さて・・・私の性格を表す幼稚園時代の珍事件。先生は何度も繰り返したけれど本当の答えは出ず、先生を困らせた一言。

私のお父さんは、お花屋さんです。

ふふふ・・・だって、なんの仕事をしていたのか園児の私は知らなかったんですもん。パナソニックの所長さんやお兄さん お姉さんがお正月明けに初荷でお祝いに来たことが 父の職業と繋がりがあるなんて知らなかったのです。

ふふふふ・・・この辺も、ちょっと不思議なところで天然を持つ私の性格です。たぶん 私がしたかったお仕事だったんでしょうね。