触らないでもらえますか
浅草のデパ地下にある老舗の魚屋さんで、とうとうそう言ってしまった。
思えば、最初から変に媚を売る男性店員だった。
買った商品を受け取るたびに、妙になれなれしく私の手を触り接触の多い店員だなと思ってはいたのだけれど、最初から確信犯であることは分かっていたが放っていた。
そこの魚は、他の店より間違いなく美味しいし、質も良い。
いつもその店員が対応するとは限らず、ずっとそこで魚を買っていた。
その前にも、とても不快になったことがある。
朝の7時前に、その男性店員から電話があった時だ。
美味しい鯖が入ったので、是非いらしてくださいと留守電に入っていた。
その日、具合が悪く、私にしては遅くまで寝ていた時に電話で起こされた。
朝のそんな早い時間に電話をかけてくる店員の無神経さに呆れた。
因みに私の電話番号は、その店で時々発売する穴子丼を取りに行く時間を確認するために、こちらからかけた電話を辿ったのだと思う。
その日も、買った商品を受け取るときに、意味ありげに手に触られた上に、私が肩から掛けていたバッグが偏っていて危ないですよと直すふりをして腰に触れてきた。
そんな経緯もあり、とうとう言ってしまったのだ。
触らないでもらえますかと。
傍にいた年配の女性店員も、お客さんも驚いた顔で私を見た。ちょっと当たっちゃって~とおどけた様子で何事もなかったような顔をして言い訳をしてきたけれど、その彼の目は死んだ魚のように光を失った。
私の名前も電話番号も分かっている、痴漢をしてくる店員のいる店になど行く気はどんどん失せた。
もっと驚いたのは、その店員の態度が豹変したことである。
何かにつけ甘ったれた幼稚な言葉でおもねりながら旬の魚を薦めていたのに、私の、「触らないでもらえますか」の一言で目さえ合わせなくなった。
それから、そこで魚を買うのは止めた。
私の歳でさえそうなのに、ジャニー喜多川の性加害のことを考えると、幼い子どもたちが権力を持った年配の男性に、触らないでもらえますかとは絶対に言えなかったと思う。
そんなレイプされた子どもたちが数百人もしくは四桁いるのだから、会社は廃業で当たり前だと思っている。
私に触っていいのは、私が触っていいと了解した人だけ。
これ以上の真理があるだろうか。
しかしながら、その真理さえ理解できない者がこの世には大勢いることを肝に銘じて、自衛しながら生活するしかないのだというのも残念ながら事実だ。
今から思えば、私は、なれなれしく手を触って来た店員に、最初から言うべきだったのだ。
触るのやめてもらえますかと。
堂々と、毅然とした態度で。