つまんねーSEX

以前ツイッターをしていたとき、こんなに赤の他人の私に粘着して来たり、異常に興味を持って詮索して来たりする奴ってどんな人なんだろうとその人たちのツイートを覗いてみると、驚くほど共通の感想を持った。

つまんねーSEXしかしてないんだろうなあ、相手もいないんだろうなあ、風俗行っても塩対応だろうなあ、こんなに魅力の無い人間はというものだった。

毎日毎日、日がな一日PCやスマホでネガティブな情報を漁り、いっぱしの裁判官気取りでネットに書き込むことしか楽しみが無い無能で哀れな奴ら。

たのしいつまんなくないSEXライフを送っている人は、ツイッターも楽しいが私の持論だ。

それはさておき、私の今年の夏は若い男のナンパで幕を開けた。

蔵前のずっとバッハが流れる薄暗いカフェに入っていくと、随分と毛色の違う若者がコーヒーを飲んでいた。
そのカフェは単価も高く、お店で作っているとても美味しいチョコレートを頼むと5千円を超えるので客の年齢層が高く、若いお客でも、きっと将来自分もこんな珈琲屋を開きたいとお勉強にきているんだろうなと思わせる真剣さがある。

その中で、今どきの韓国風のきれいな面立ちの青年がカウンターに座っていたのが私の目を引いた。彼の横に座った私は、いつも通り一時間ちょっと文庫本を読みながら珈琲を二杯飲み、チョコを齧り、席を立って店を出た。

蔵前から浅草の自宅に帰るまではとても楽しい道草が食えるお店がたくさんある。その道すがらは東京のブルックリンと呼ばれるらしく、気の利いたお洒落な飲食店や革製品を扱うお店、雑貨屋からコスメブランド旗艦店などあらゆる業種が出店している。
都心より家賃が安く、交通の便も良いので人も多く集まり、蔵前浅草は、今、大人気のエリアだそうだ。

そんな店を覗きぶらぶらと散歩しながら、小さな鳥越神社でお参りをして鳥居を出たところで「何をお願いしたんですか?」と声を掛けられた。
振り向くと、先ほど隣になった男の子が笑顔で立っていた。
「秘密です、もちろん…」と答えると、一緒にお散歩してもいい?と聞いてくる。わかりやすいナンパだなあ、もし子どもを産んでいたらこの子より随分と年上だろうなと思いながら、いいよ、浅草までだけどと答えたら嬉しそうについてきた。
浅草までの20分で、彼はいろいろと聞いてきて、LINEを交換し、またね!と駅から電車に乗った。

最近の若者は仕事が早い。
次の日の朝には、今日か明日会えると嬉しいなとメッセージが入っていた。

ママ活かー、まーイイかー、毎日暇だしねー、乗ってやるかーと思いながら、そして少しウキウキしながら、ご飯一緒する?と返信した。

彼の第一印象は、 Young  Beautiful and Never Die だった。

そう、亡くなった夫と対極の男。

そして、もう一つ最愛の夫と違うことがあった。

彼は馬鹿だった。
筋金入りのバカだった。
いっそ清々しいほどだった。

僕ね、せとないレモン味が大好きなんだよと言うので、ねえ、それせとうちレモンって言うんだよと教えると、せとないかいっていうじゃん!とムキになる。
海が付いたらせとないかいだけど、瀬戸内はせとうちって呼ぶんだよ、そうだ、秋になったら瀬戸内を楽しむガンツウっていう一子ちゃんの大好きなクルーズ船があるから乗りに行こうというと、直ぐにスマホを取り出し調べながら、二泊三日で僕の年収の三分の二じゃんか!と可愛く怒る。

シェ・イノで夕食を食べるために連れて行くと、ねえ、こういうお店って、お水800円なんでしょ?と妙に具体的な金額を尋ねて来る。
ここでご飯を食べている人は水の値段なんて知らないわよ、水なんてタダよと不思議に思い答えておいたが、後で馴染みのバーテンダーに変な子が変な質問してくるのよと言ったら、水800円発言で大炎上したシェフがいるんですよ、と教えてくれた。
水はどうでもいいから、そのウサギ美味しいでしょと話を料理に戻すと、えっ!兎?兎食べるの!?兎一匹のどの部分を食べてるの僕は!!と訊いてくるので、ねえ、兎は一匹って呼ばないんだよ、1ぴょん2ぴょんって数えるんだよと言うと、流石に嘘!一子ちゃんそれは嘘!と可愛く怒る。
離れた席で食事していた政治家が、一子さん、お久しぶりと挨拶してきた後、ママ活くんが、ねえ、今の人、TVやネットで観たことある、政治家ってこういうところでご飯食べてるの?と言うので、そうだよ、選挙期間中だけ地元に戻って庶民派アピールで地産地消とか言って畜産海産農産物食べてるけど、普段はこういうご飯だよと答えたら、若者の貧困とか分かる訳ないよねと可愛くまた怒る。
選挙に行かない若者なんか政治屋はどうでもいいんだよ、一票入れてくれるじーさんばーさん優遇当たり前、奨学金と言う大借金を社会に出る前に背負わせるぐらいどうでもいいんだよ若者は、とにかく、道作ったり箱物建てたり分かり易いことしてる政治家に一票入れないこと、教育や福祉とか時間はかかるけど一見分かりにくいことをやってる人をあなたの得意なネットで調べて選挙へ行けとアドバイスした。

彼と出会った6月の夏の始まりの日の二日後にはSEXしていた。
事に及んだ瞬間に、セックスワーカーだと分かった。
馬鹿なのに、そういう事に関しては異常に長けている。

翌週、私は性病検査に行った。

彼は、よく泣く子だった。
私は筋金入りのドSで有名なのだが、彼はそんな私にいじめられてよく泣いた。
SEXの最中に「亡くなったご主人にもこんなことしてたの?」と訊いてきたときに私は素に戻り真顔で「なんで大事な人にこんなことするのよ、するわけないじゃない!」と答えたら、切れ長の黒曜石のような瞳から涙が零れた。

よく泣くSEXの上手い若くて美しい彼は、結果的に2か月半で逃げた。
ある日を境に、ぷっつりと連絡が途絶えた。

まあ、良く持ったとも思えるし、案外早かったなとも思える。
セックスワーカーにしては根性が無いし、馬鹿の割には繊細で真面目な子だった。

彼とは、夏の浅草の隅っこで濃厚な時間を重ねた。
ほろよい桃味という缶のお酒が好きな彼に、これが本物のベリーニなんだよとバーで桃一個使ってカクテルを作ってもらった。
和食を食べに行けば箸使いを、洋食を頂くときはテーブルマナーを教えた。
墨田川花火大会も船台の直ぐそばのマンションの屋上から見物した。

彼からは、若い男のプロのSEXを教えてもらった。

つまらなくないSEXをしているときは、ネットなんてしている暇は無い。

そういう訳で、しばらくnoteの更新は無かったのです。

「最初に僕が声をかけたとき、美奈子ちゃん泣きそうな顔で神社から出て来たけど、何をお祈りしてたの?」と何度かピロウトークで聞かれたけれどはぐらかしていた。

今なら教えてあげる。

どんな犠牲でも払うから帰ってきて、
また会いたい、
おしゃべりしたい、
わたしにいつもみたいにやさしく触って、
おねがい、神さま…

そう天国の主人に祈っていたんだよと。








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