あンまり役に立たない浅草ガイド④職人編
渋谷の東急ハンズに行くしかない!そういう事が年に1回か2回はある。
それが昨日の事だった。
普請道楽の私が、ここに古い照明があればいいのにな…とずっと思っていた場所にぴったりのランプを、親族の不幸がきっかけで年末から一か月滞在した実家の私の部屋で見つけた。若いころパリで買ったアールデコのランプは、浅草の部屋には合わないだろうと思い込んでいたのだが、思いがけず合うのではないかと感じ、駄目なら送り返せばいいしと東京への荷造りの中に忍ばせた。
浅草の部屋のコーナーに置いてみると、それがまたステキなのである。
流石、35年前のわたし!
若い娘にとっては無理をして買った品だった。気分は、江戸の仇を長崎で、パリの仇を浅草でだ。
ただ、一つ問題がある。
長年、実家の自室に転がしておいてオブジェと化していたぐらいなので、電気が点かないし、今ではそのランプに対応できる器具を手に入れるのは難しいのだ。
そういう時の、東急ハンズ渋谷店だ。
緑のエプロンをして丁寧に最善の策を提案してくれる腕っこきの職人がワンサカいる素敵な場所だ。
結局、色々なフロアのプロフェッショナルな店員たちが、古いフランスのソケットベースと今の日本のソケットをどう固定するかで知恵を出し合って下さり、感電や失火の恐れを排除した電気を扱う安全性を担保しながらも、今あるもので最善を尽くすという難題を、直径の太さがぴったりの中空アルミ棒を5㎝だけ切り出し、その中にはめ込むという最適解でこなしてくれた。
私が、ずっと東急ハンズと書いているのには勿論訳がある。これだけ良い職人が集まった組織ですら、経営不振で東急の名が取れてハンズになってしまった。
そうである、いくら職人が腕を磨いても、必要とする客がいなければ職人は立ち行かないのだ。
私の中では、ハンズはいつまでたっても昔からお世話になっている東急ハンズなのだ。
浅草は、職人の町である。
ずっと職人の町であって欲しいので、今日は職人編である。
浅草と言えば、革である。革製品を取り扱う店は多いが、私が一番お薦めの靴修理の店は、“fans.etarnal”(ファンズ・エターナル)である。靴だけではない。バッグから革ジャンまで、革に関することなら、日本最高水準の仕事をしてくれる。そして、こちらはセンスが非常に良い。
アーティストとアルチザンが融合した店員たちがとても高いレベルで対応してくれる。
初めて依頼した昔のエルメスやルイヴィトンの、もうどう修理していいのか素人には見当もつかないサンダルとミュールを新品同様に直してくれた時は感動した。
それがきっかけで、こちらに修理を持ち込むようになった。
私は靴が大好きでこだわりが強く、そんな私でさえ引くほどの、美しい靴の為なら人間の足なんか死んでもいいという狂ったデザインの、全体重を足首の細い一本の革で支えなくてはいけないマノロブラニクのハイヒールを修理に出したら、ユーマさんと言う若い職人が少しお時間いただけますかと言うので勿論お任せした。
仕上がったそのヒールは、細い革をベルベットのリボンで再現し、売り場で一目ぼれして買った時よりもより美しく優雅で痛くない靴として、本家越えで再生してくれていた。
靴の制作もしており、今、ブーツを注文しているが、店主の荒井さんは、受注するために設けられた2~3時間の間に足を細かく採寸しながら客の世界観と価値観と美意識を探り、木型から靴を作って下さる。
安くはない値段だが、それに見合った作品として飾っておきたくなる靴を作って貰える。
ベルトの小さな穴を一つ増やすために、駅前のミスターミニッツに持って行ったら、ブランド品は本社に送り2週間以上かかり4500円ですと言うので、結構ですと断りその足でファンズ・エターナルへ持って行ったら、OKです!とその場で穴を空けてくれて300円だった。
浅草だけではなく、日本中から客足の途絶えない名店だが、とてもフレンドリーかつ的確な修理をしてもらえるので、私の靴とバッグと革の洋服は全部こちらにお任せしている。
ジュエリーの修理なら、HATTORIである。
墨田川沿いの小さなマンションで、服部さん親子がどんなジュエリーも修理してくれて、そしてこんなデザインの装飾品が欲しいとオーダーすると、間違いのない品を提案してくださる。
浅草は、寺院が多いのでそれに伴い江戸の昔から彫金の職人が多くいたらしいが、彫金の仕事は減りジュエリーの細工に活路を見出した。それでさえも年々数が激減している中で、服部さん親子は黙々とクラフトマンシップを忘れず守り続け仕事をされている。
今は、カルティエの古いピアスの軸を細くする修理を出しているが、今までこちらに何かをオーダーして期待外れだったことは一度もない。
高齢の父親から若い息子へと技術もセンスも受け継がれている姿を拝見すると、これからもずっとお世話になれるのだと心強く思う。
グラスやバー用品の事なら創吉である。
浅草に来る前から、港区辺りのどのバーへ行っても創吉の名が出るので存在は知っていた。
周年記念でグラスを配るバーは多いが、大体こちらのお店で店名を入れてもらいオーダーしている。
その欠けてたグラスどうやって直したの?このおつまみを刺すスティック素敵ね、何処で買ったの?と尋ねると、浅草の創吉ですよとバーテンダーたちが口を揃えて答える。
訪れてみると、明らかなプロフェッショナルな飲食業と思しき人たちから観光客まで、割とリーズナブルな値段で買い求めている。
小さな薄暗い店に、飲食に関する品がぎっしりと積まれているので、くれぐれも自分の荷物でグラスを割ったりしないように気を付ける必要がある。
創吉オリジナルのグラスなどは、浅草みやげとしてもお薦めである。
今回紹介した店舗は浅草の中心の小さな地域に集まっているので、とても訪れやすい。
幸田露伴の名作「五重塔」では、技量はあるが愚鈍に見えるのでのっそりとあだ名で呼ばれる大工の十兵衛と、イナセで男前で小才の利く大工の源太の、職人として人と人が係る難しさを主軸に、職人のエゴイズムや物を作るという事とはどういうことかを谷中感応寺の五重塔建立に翻弄される職人の姿を描いている。
客の期待通りは当たり前、それを越えた仕事をするのが感動を生む職人という仕事なのだ。
「直ぐに断る職人は三流以下、断らない職人は一流、熟考の末、出来ないものは出来ないとはっきり断れるのが別格」というライフハックを私は持っている。
そして、職人に取り一流の客になりたいとも願う。大して対価を払うことのない手間賃仕事だけを職人に求めるのではなく、職人が持てる力量を思い切り果たせる仕事を注文できる一流の客になりたいものである。
良いものを持つと、その物は手をかけることで育っていく。
人間と同じで、時を重ね、味と深みが増して物としての価値が上がっていく。
その物を生み出し、育ててくれるのが職人の定義だと信じている。
私は、今流行の、タイパ、コスパ、原価率と言うようなものが大嫌いで、時間と金と心を尽くしてナンボと言う世界にしか興味がない。
そして、それを良しとする人たちにしか仕事は頼まないし、それ以外の人にも物にも一銭も払いたくない。
いちばん楽しい読み物は預金通帳、住むのはタワマンという種族とはそもそも相容れないのだ、私は。
伝統と革新を両輪とし発展し続ける浅草の魅力は、一見オーバーツーリズムの影に隠れがちだが、是非職人の町の底力も体験して欲しいと思う。
さて、あンまり役に立たない浅草ガイドを名乗っているが、めちゃくちゃ役に立つと大好評の一子の浅草ガイド!
次号を待て!
次は、じーさンばーさンが楽しめる編だ!