未亡人マウント
復活しましたことをここにご報告いたします。
夫が亡くなり、二年が経った春のある日、あっ、今日はお酒飲むのをよそう、外にも出てみようと、ふと思い立った瞬間があった。
多分、色々なことが限界に達してしまい、本能的に今どうにかしなければもう戻れないと悟ったのだと思う。
その日を境に、美味しい外食をしてみよう、美術館にも行ってみよう、骨董屋も覗いてみよう、お客さまもお呼びしようと、日を追うにつれどんどん気持ちが上向いていった。
やるとなったら、とことんやってしまう性格は変わらず健在だったのであるのが幸いした。二年間でぼろぼろになっていた身と心を半年でリカバリーした。
因みに、家に引きこもり、お酒を飲み続け、身体を動かすこともしない私を見かねて、夫の医者仲間が心配して家を訪ねてくれて採血して帰ったのだが、血液検査の結果は驚くほどの健康体だった。
γ_gtpはまさかの18。
流石、私。
その医者も、あれーおかしいなー、この年齢で二年間朝から寝るまで飲み続け、夜中に泣きながら目が覚めてさえ睡眠導入剤をお酒で流し込むほど肝臓を傷めたはずなのに、まさかのこの歳の割には健康体どころか、小学生の健康優良児ぐらいの数値だよ!と驚いていた。
先ほど身も心もぼろぼろと書いたけれど、身体は健康体だった。
そんなこともあり、桜を見ることなく寒い3月のある日この世を去った夫の仇を果たすように、九段ハウスで開催されたお花見の会で、私は久々に人前にオシャレをして出席した。
二年間、誰とも連絡を取らず、スマホさえ通じず、SNSも止めてしまっていた私の姿を見た友人たちは、えっ、全然元気じゃん、一子ちゃん死んじゃったとか、悪い薬に溺れているとか、すごい噂になってたよと心底驚かれた。
それが半年前の春の出来事。
それからというもの、多少の波はありながらも、夫が亡くなる前の生活にほぼ戻ったと言いたいところだが、周囲の人に言わせると、復活した私はすさまじくパワーアップしてしまっているとのこと。
私が、バーでウイスキーを飲みながら、あー、夫帰ってこないかなーと涙ぐんでいると、バーテンダーに、僕たちもご主人に帰ってきて欲しいですよ!復活した一子さん、やりたい放題ですよ!唯一一子さんを叱ってくれたHさん、帰ってきて!と真剣なまなざしで訴える。
うん、ちょっとやり過ぎてる自覚はあります。
そんなある日、あるマダムのお茶会に誘われた。
出席したマダムたちの中には、連れ合いを亡くした方も多く、最初はやさしく慰めてくれる。
一子さん、大丈夫よ、あなたはまだ若くお綺麗よ、まだまだこれからよ…
判で押したように同じ慰め言葉が続いた後、伴侶を亡くしたマダムたちが優雅にティーカップを片手にクッキーをお上品にかじりながら言い募る。
わたくしはね、主人を亡くして5年は不調だったわ…
あら、わたくしはお食事が摂れなくなって10㎏近く痩せてしまって人前に出られず軽井沢の別荘にずっと籠っていたわ…
うん、二年半で復活した私をディスってるね、マダムたち。
そして、お茶会を主催したボスマダムがとどめを刺してくる。
わたくしはね、尾籠なお話ながら、主人を亡くしてから上がってた生理が15年ぶりに来ちゃったのよ…
知るか!おばあちゃんの生理なンか!
とにかく、長く音沙汰が無かった私が、以前と変わらずいることが気に食わないらしい。
そして、未亡人マウントを取るのが彼女たちはとても楽しいらしい。
それでも、彼女たちは私の希望でもある。
自分より年下の新米未亡人にイジワル言えるぐらいに見事に復活しているのだから。