さよなら専門家

 幼馴染の女友達は、いつの頃からか、あンた、さよなら専門家やな!と言われるようになっていた。

今から思えば小学生の頃、あたしな、あなたのことあんまり好きやないねん、イジワルはせんけどお話するんもいややからさよならしよや、とお友達に言っている場に出くわしたことがある。
 三つ子の魂百までというか、栴檀は双葉より芳しというか、さよなら専門家の萌芽を私は知っている。

さよならするには当然の事ながら先ず出会いそのものが必要であるが、妙に魅力のある彼女は、人たらしで男たらしで、さよならする材料に事欠かない人でもある。

私は伊丹十三の熱烈なファンなので、映画は勿論のこと、軽妙洒脱なエッセイも大好きで読んでいた。松山の伊丹十三記念館にも何度も足を運んだこともある。
彼が不可解な死を遂げたあと、夫人である宮本信子さんのインタビューを読んでいたら、伊丹は、色々な仕事を終えるたび、季節が変わり洋服を着替えるように付き合う人を変え、人間関係を絶っていたていたというようなことを書かれていた。
ずっと付き合いを続ける人々も勿論いたのだろうが、伊丹十三も、必要ないと判断すれば人にさよならと言えるさよなら専門家なのだなと、幼馴染の顔が浮かんできた。

長ずるにつれ、世間も広がり出会う人も増え、幼馴染の彼女はますますさよならを繰り返していた。
二人でバーで飲んでいた時、「私ね、はっきり言って美人だし、学歴いいし、実家太いし、話も面白いやんか。おっぱい大きいし。そりゃ色んな人寄って来るわよ。」とほろ酔いの彼女が言うので、まあそうだけど、人には心があるからさ、あんまり人をばっさり切り捨ててるといつか刺されんじゃない?と答えたことがある。

「マクナマラの誤謬」という言葉があるが、ベトナム戦争時の国防長官マクナマラは、アメリカ兵一人に対し何人のベトナム人を殺すことが出来たかというボディカウントの数字に固執し、敵兵の愛国心やプライドや憎しみによる激しい抵抗を計算できず、アメリカは圧倒的優位な軍事力を持ちながら、小国ベトナムを制圧できず泥沼化したあげく事実上ベトナム戦争で負けた。
ロバート・マクナマラは、知能が高いが頭は悪いという認識を私は持っているが、さよなら専門家の彼女も同じ種族だと思っていた。

大学を卒業し社会に出ても彼女は、友人知人や、飲食店から洋服屋呉服屋と色々な人々と関係を築き、そして切り捨てていった。
その姿は、少し前に流行った35億!という女性芸人を思い起こさせた。
味の無くなったガムをいつまで噛み続けるつもり?男は人類の半分の35億人いるというアレだ。
人間も、レストランも、洋服屋でもなんでも、此の世にはあンただけじゃない、そんなもの星の数だけあるからねという考えの彼女の理屈は私には謎理論だったが、小さな小競り合いはありつつも、それなりに、いや、強気に奔放に人生を楽しんでいるように見えた。

30歳手前の頃、彼女が選ぶにしては少し物足りなく感じる男性とお付き合いを始めた。
友人たちの間では、まあ、半年は持たないだろうなというのが大方の予想であったが、とにかく彼は彼女に惚れこんでいた。
バブルの頃に流行った死語で言えば、アッシー君メッシー君扱いされようが、私のミツグ君と人前で呼ばれようが、かなわんわ!と言いながらもにこにこしているような人である。
そんな二人が、1年経つ頃には意外にも一緒に暮らし始め周囲の人たちを驚かせた。さよなら専門家がさよならしないことにも、傲岸不遜な彼女のわがままを受け入れる彼の忍耐強さにも驚いたが、何事にも例外はある。
二人が住む赤坂の家へ何度も遊びに行ったけれど、あなたと付き合ってあげている、付き合ってくれてありがとうという二人の関係性は相変わらずで、恋人関係というよりは主従関係に近い歪さはあるもののそれなりに幸せそうに見えた。

二年近く経ったころ、彼女が彼と別れたと電話してきた時の私の第一声は「よう今まで持ったなー!」だった。友人、知人、家族、彼女の性格を知る者は、おそらく同じことを言っただろう。

赤坂の家を出た彼女は、新しい家に住み、新しい男と付き合い始め、新しい生活を始めた。

そして、かなわんわ!の彼から「パンツ忘れてるよ。ひらひらした高そうなパンツ。届けるね!」と連絡が入るようになった。
「何言うてんねん、そんなパンツいらんわ。」と勿論さよなら専門家の彼女は一顧だにしなかったけれど、パンツ届ける、パンツ届けると彼は連絡し続けた。
あまりにもしつこく「パンツ届ける」と言い張る彼に根負けした彼女は、まあ、二年間お付き合いしたという自分史上一番長持ちしたという情もあり彼に会うことになった。
久しぶりに会った彼は相変わらずにこにこしていたらしいが、渡された小さな紙袋に入ったパンツを確かめると、見たことのないパンツが入っていた。
「誰のパンツやねん!」と突っ込む彼女。
「あれー?君のパンツでしょ?」ととぼける彼。

さよなら専門家は、今は、その名を返上している。

彼女から、孫が生まれたと先日連絡があった。
勿論、パンツ詐欺をかました彼との間に生まれた娘の子どもだ。

「あたしな、誰とも結婚しないと思う。子ども作るの怖いのよ。自分みたいな人間のDNAを持った分身はいらんねん、その子が不幸になる」と、真剣な目で言われたことがある。
さよなら専門家は、好きでさよなら専門家であったわけではなく、人と関係が長続きしないことを決して良しとはしていなかったのだ。
専門家だけに、人にさよならを言うことの悲しみを深く自覚していた。

そんな彼女は孫が生まれ溺愛し、彼女を嗜めていたわたしこそ子を為さず一人を楽しみ哀しみ徒然暮らしている。

誰か私に、「パンツ忘れてたよ、届けるよ!」とパンツ詐欺かましてくれへんかな。
もう、なんならブラジャー詐欺でもええわ。
おっぱい小っちゃいけど。







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