𝙘𝙖𝙡𝙡 𝙢𝙚 𝙗𝙮 𝙣𝙤 𝙣𝙤𝙫𝙚𝙡
あらすじ
とある人物の死により、物語が始まる。その人物は小説を何より愛していた。だが、小説ごと自分の命を絶った。焚書――自らを燃料として一冊の本を焼いたのだ。それが一体何故なのか、時は巻き戻り、一人の男子学生と後の天才小説家が出会いを果たす。
大学四年生になり、まだ彼女の一人も出来たことも無い修は、卒論研究として同じ研究室に配属された女子学生に、恋をする。その女性――レノは、修の知る誰よりも可愛らしく優しいが、同時にミステリアスで掴みどころが無かった。ひょんなことから彼女と付き合えるようになったものの、どうも秘密が多く、彼氏となった修にも明かす気が無い。
そんな彼女の趣味が小説を書くことだと知った時から、歯車が狂い始める。
芸術は何のためにあるのか。人はどうして生きるのか。愛情とは何なのか。小説を愛する人と、愛さない人。その二つの乖離と隔絶が、二人の人間の人生さえ、台無しにしていく。
第1話 焚書
滔々と滴る五月雨。紛れて消えない涙の雫。
式は粛々と進んでいる。厳かな空気に皆が頭を垂れ、打ちひしがれている。一番前に立てかけられた生前の写真は酷く穏やかで、まるで場違いだ。今日の主役なのに。
誰も、あの人が死んだ理由を知らない。
自らを火に焚べた真相を。
どうして何も言ってくれなかったのか。ただ現場に残っていた燃え滓が、様々な憶測を呼んだことは事実である。
――焚書とは、一般に書物を燃やすことである。だがあの人は、小説を愛していた。旅立ちの供に、愛するものを選んだ? そうは思えない。
誰も、理由を知らない。
これは、小説を愛する者が小説のために死ぬまでの、愛の物語だ。