第2話 祈り祈られ、折り折られ
私は言葉を、もっと言うなら詩を愛している。
私は世界を詩で語りたいのだ。私の世界を詩で満たしたいのだ。
「は?? うすぎたねえ可愛くもねえ図体のでかい野良猫拾ってきただぁ、お前は馬鹿阿保間抜けの頓珍漢か。頭脳だけは俺より上だと思ってたのに、なんでそんな馬鹿なことした。お前もらしくないぞ。今すぐ元の場所に返してこい、この弩級の馬鹿が」
これが正反対という奴だろうか。何故だか連れて来られた謎の事務所で、ドアを開けて出迎えてくれた仏頂面の男性は、私を見て一息にこう言った。
「僕のこと自分より頭良いと思ってくれてるんだ……嬉しいな」
「そんなこと誰が言った。馬鹿って言ってんだよ殺すぞ。今すぐ元の段ボールに戻してこい。うちはペット禁止の賃貸だ」
「よく見て、ペットじゃないよ。人間」
「見れば分かるわ! 皮肉だよ皮肉!」
「皮肉なのは知ってるよ。僕の方こそ皮肉だったのに。下手だったかな。ごめん」
優しい彼は涼し気に返すと、私に対して、事務所中央ほどにある柔らかそうなカウチを指差した。やんわりとした仕草はまるで孤児院の婦長みたいで、私は幼い気持ちになる。怒声を上げた男性など気にもならず、私はそのカウチに歩いて行った。膝やふくらはぎ、大腿骨が疲れたようにぎこちない。
「おいおいちょっと待て。どこぞの馬の骨を俺たちお気に入りのソファに寝かせる気なのか」
「僕のベッドを使わせたほうがいいかな」
「そうじゃねえそうじゃねえ。汚れるつってんの。土とかついたらちょっとやそっとの掃除じゃ落ちないぞ」
「確かに……じゃあもし汚れたら、僕の給料から出しといてよ」
「いい加減にしろよこの馬鹿阿保ドジ間抜け!」
私がカウチに寝転んだ背中の後ろで、またも怒声が響く。八畳間の事務所は埃一つ見当たらないが、インテリアや小物のひとつもなく、非常に質素だ。遮るものも無い部屋で、苛烈な男性の叫び声はいちいち響く。
だが私の意識は、それ以上の力強さで、無意識の海へと沈んでいく。まるで母親の胸の中に抱きとめられた赤ちゃんの気分だ。お気に入りのぬので包まれたような温かみは、私を容易く眠りに誘う。
「おいおいおいおい、嘘だろ。なんてふてぶてしくて図々しい奴だ。この状況で寝るたァ凄まじい大物だぞ。図太いにも程がある」
「疲れてるんだ。君も声を潜めて」
「なんで招かれざる珍客に気遣わなくちゃいけないんだこの俺がっ!」
「僕の頼みだから」
「……ふん」
その瞬間の私の思考と言えば、すっかり無意識の境界線に足を踏み入れていた気がして、その沈黙が世界の者なのか私自身のものなのかすら判然としていなかった。だが、なんとなく前者のような安心感に纏われて、私は夢の世界へ振り返りもしなかった。
朝が来ることを考えもしない夜は、本当に久々のことだったから。