第7話 辛いの苦手なのにね


 君がアイドルじゃなくて良かった。もしそうなら、私は君のせいで破産した挙句に、破滅的な犯罪に手を伸ばしていたかもしれない。強盗とか、空き巣とか。今までの人生からかけ離れすぎていて、上手くいくところが全く想像出来ないんだけれど、それでも。
 そんな世界があったとして、破産した私は何も言わずに姿を消すだろう。君の前から。自分の手元に君の痕跡を一心に拾い集めて、逆に私の荷物は君の部屋から少しずつ消していく。いつしか君から完全に私の物が無くなった時、私という存在もまた、君の中から消えている。
 なんて妄想は、私の希望的観測だ。
 私はきっと、君の部屋から私の物を持ち出さない。私の荷物を散らかしたまま、君の部屋から私という実体だけを消す。私の居ない君の部屋で、君は私の痕跡をあちこち目にするだろう。棚の化粧水とか、好物の激辛ラーメンの袋とか、それも食べかけの。
 私は私を消す。それでも、完全には消さない。君の日常に、私の残滓を残していく。

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