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「大乙嫁語り展」学芸員さんによるギャラリーツアーレポート④

 ちゃんと最後まで書いたと思いこんでいました。私ったら……!愚か……!
大変お待たせいたしました。ていうか過去の記事で姫路での展覧会(四月開催)には間に合わせたいなどとほざいていますね、私。今十月ですが!!(むしろ平山郁夫シルクロード美術館での展覧会がつい先日終わったそうですね、一周回ってタイムリーかしら?????)

 では二ちらに貼っておきます。よろしければどうぞ。
「大乙嫁語り展」担当学芸員さんによるギャラリーツアーレポート①|三河珊瑚 (note.com)
「大乙嫁語り展」担当学芸員さんによるギャラリーツアーレポート②|三河珊瑚 (note.com)
「大乙嫁語り展」担当学芸員さんによるギャラリーツアーレポート③|三河珊瑚 (note.com)

◎先生のお気に入りコーナーより
 森先生のお気に入りの場面が様々な角度から抜粋、展示されていました。当然ながら、コメント付き。ありがたや……。学芸員さんから特に説明のあったのは、セイレケさんの「髪!!」の場面。おわかりいただけるでしょうか。この場面です。

メロメロになってしまう

 物語としては何が起きたわけでもない回ですが、この黒髪の豊かな美しさで印象に残りますよね。学芸員の言葉を借りると「髪のツヤベタが素晴らしい曲線的な表現」です。ずっしりとした豊かな髪。手に取れそうなくらい写実的ですよね。
ここで使われていた技法は様々だそうで、例えば、筆ペンを入れて抜くことで、ペンの穂先で髪を表現(ちなみにぺんてるの水筆にインクをつけてベタにしているそう)したり、ペン先を活用したりすべて細いペンを使ってみたり、ベタにホワイトを追加するなど先生が現在持てるすべての技法がつぎ込まれているそうです。最高にそそるな!!!

◎馬競べ編より
 馬の美しさ。動物の絵も先生にかかると生き生きと今にも動き出しそうに見えます。もはや動いてましたよね?お馬さんたちの体温を感じる……。
 学芸員さんの解説によると、ジャハン・ビケ様は「アゼルに並び立つ女性として、読者が納得できる女」として描かれた女性だそうです。いわゆる「俺の考えたサイキョーの女」森先生バージョン。うん。間違いないですよね。馬競べでの活躍は言うまでもありませんが、アゼルとの婚姻の日の夜のやり取りなんてもう!!ジョルク、バイマト、アゼルと、もともと三者三様でしたが、乙嫁たちも三者三様。それぞれの夫婦のまとう雰囲気が異なりすぎて温度差で風邪ひきそうでしたよね皆さん!!!青年向け漫画、少女漫画ときて、バトル物の少年漫画のようでしたよビケさま。イケメンが過ぎます。アゼルの隣にいるべき女性ですわ。
 ちなみに別日に行われたイベントの公開質問会では、質問者さんから森薫先生はジャハン・ビケに似ておられて美しいと指摘されたんだとか。先生の御尊顔を拝見したことはありませんが、さもありなん。ちなみにジャハン・ビケ様のふわふわ衣装も、もちろん複数のペン先を使い分けて表現されているそうです。
 また、1巻から最新刊までを描いてきたなかで先生は、「描ける領域」が広がっているのを実感されているそうです。そしてそれは私たちにも原画を見ることでより鮮明に伝わります。もともと美麗な絵が段違いに上達なさっているのを目で感じられました。
 例として挙げられたのはアゼルたちの結婚式の場面です。点描で光り輝くイメージを表現されています。なんと、あれ全部先生が手打ちで描かれているんです。かけあみも手描き。服の紋様も初期はスクリーントーンを使っていたけれど、今では全部手描き。先生曰く「全く苦にならない」そう。天職ですね……。ちなみにこの場面でさらっと描かれていた結婚式でお菓子を投げる文化は今も現地にあるそうで、タジキスタンの方が漫画で取り上げられて喜んでおられたそう。

◎資料集めについて
 前作である『エマ』のときより参考にできるような資料が少ないそう。というか現地にも「残す」という文化がない(作中でも登場人物のセリフからうかがえますね)とのことで、取材の難しさは計り知れないものがあります。
 そのため先生はCiNii(サイニー:論文検索サイト)等を活用して調べたり、イギリスやフランスのAmazonで資料を取り寄せて、それを英訳してから和訳して……で調べたり。それでも足りない部分もたくさんあるから、そこは先生の考察で空白を埋めているそう。もはや研究者なのではないでしょうかほんとうに。『乙嫁語り』は実質研究論文なのでは……?
 最新刊の乙嫁三人娘の絵は数少ないそのままの資料があったパターンで、逆に木彫りの場面(ロステム君が職人のお爺さんに習う話)は想像で紋様を木彫り風に落とし込んだものだそう。だからこそ先生のなかでは、今見返すと実はこれ違うんだよね、というものがあるんだそうです。違うんだよねと気づけるのも日々の研鑽の成果なのでしょうね。頭が下がります。

◎ライブドローイングやインタビュー動画より
 メモした動画資料の内容をすべて書くのはなんとなく憚られますので、個人的な感想のみメモから抜粋します。森薫先生は、絵を描いているときのインクの滲み具合でライブドローイング会場の湿気に気づいておられたり、締め切りがあるおかげで終わらせられる(永遠に描けてしまうから)とおっしゃっていたりとプロというかむしろ気高い職人のように感じました。
 あと、絵を描いている手元がアップになるたび、爪がとってもツヤツヤでおきれいだったのか印象的でした。

◎おまけ
 『大乙嫁語り展』ツアー後、北九州市漫画ミュージアムの常設展のギャラリーツアーもしていただけました。森薫先生に関わるところのみメモから抜粋します。
 北九州市漫画ミュージアムでは、松本零士先生の絵を描く様子が動画資料として展示されています。ちなみにここで使われていたペンは「ニホンジペン」と呼ばれるもので強弱のつけやすいペン先だそう。それをご覧になった森先生からおおよそ以下のような指摘があったそうです。「松本先生が動画内で使用しているペン先はかなり使い古しているペン先で、ふつうここまでならない。かなり割れていて、それが松本零士先生には(強弱をつけやすいという意味で)よかったのかもしれない。」何度かライブドローイングの動画は拝見したことがありますが、ペン先のことなんか意識したこともなかったので、同業者ならではの観点だなぁと思いました。学芸員さんからは、絵を描いている工程を動画で残すことで、このように文字に残らない情報を残すことができるというミュージアムならではの役割について説明を受けました。博物館って大事です。後世にたくさんいいもの(必要であればよくないものも)を遺してほしいですよね。

◎おまけその2
 ツアー終了後、個人的に学芸員さんに質問した内容です。
Q 人物画に使われていた画用紙の種類は何ですか?
A 先生は種類を明言されていたそうですが、学芸員さんのメモが間に合わなかったそうです。残念ですが、そこまで正確に応えてくださって、漫画文化に対する誠実さを感じました。申し訳なさそうにしておられて、かえってこちらが申し訳なくなりました。
Q 森先生はお元気ですか?(手首まわりでご病気をされているという報道を先日聞いて、失礼ながら聞いてみました。私だったら大事な資本である手に故障が生じたら絶望してしまいます……。)
A 一緒に展示を周られた学芸員さん。先生はお元気でしたよ、とのことで胸が暖かくなりました。ご病気のこともあって、しっかり生活を漫画のためにコントロールされているそう。ペンを抑え込むより生活をコントロールするほうに重きを置かれているんだとか。
 かっこよすぎ……。確かに落ち込んでいても仕方ないですもんね。

 ギャラリーツアーに参加できて本当に幸運でした。勇気出して電話してよかった。自分の表現したいものに対してストイックで誠実な森薫先生の一面を垣間見ることができてほんとうに充実した体験でした。
 新刊を楽しみに待ちながらまた1巻からじっくり読み返そうと思います。

 ギャラリーツアーレポートは以上です。
 長くそして遅くなりました。ここまで読んでくださってありがとうございました。

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