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「私の主張」石川県大会準優勝🥈

「当たり前の無い日常」

2024年1月1日16時10分、マグニチュード7.6の大地震が石川県の能登半島を襲いました。私は七尾で一人暮らしでしたが、輪島市にある私の実家は地震直後の土砂崩れで全壊し、22年間過ごしてきた家が一瞬にして跡形もなくなりました。その日は家族全員が実家に集まる予定でした。地震後すぐに家族に連絡をしましたが、姉から届いたLINEには「家潰れた お父さんやばい」と一言。慌てて電話をかけましたが、姉も私もパニック状態。姉の「お父さんー!お父さんー!」という叫び声と、泣きじゃくる子供たちの声が響く中、私はただ祈るしかありませんでした。父は土砂に押し流されていたのです。

その後、近所の方がチェンソーを使って父を救出してくれたと聞いたとき、ほっとしたのもつかの間、電波は途切れ、連絡が取れなくなりました。断水と停電の中、余震が続く暗い夜、孤独と恐怖が押し寄せました。その夜、私は自分の無力さに涙を流しながら、ただ無事を祈り続けていました。

翌朝、上司から「仕事のことは考えなくていいから、家族のことだけ考えろ」と言われ、その一言で心が救われました。外に出ると、自衛隊や消防の緊急車両が次々と能登半島へ向かっているのが目に入りました。その瞬間、全国の人々が能登の人たちを助けに来てくれているという感謝の思いで胸がいっぱいになり、涙が溢れました。

あれから5カ月が経ちましたが、被災地では今も断水が続き、家が壊れたままの地域も多くあります。そんな中で感じたのは、人の優しさや温かさのありがたさです。家族や私たち被災者は、多くの支援を受けました。感謝の気持ちは言葉に尽くせません。

震災後、私が働いていたお店も一時休業していましたが、5日後に営業を再開しました。その際、多くのお客様が「やっと来られた!」と笑顔で言ってくれたのです。お客様の笑顔がこれほど嬉しいものだと、私は改めて実感しました。接客を始めた当初の、心から笑顔でお迎えする気持ちを取り戻した瞬間でした。

皆さん、私たちは日常が続くことを「当たり前」と思いがちです。しかし、私は今回の地震で「当たり前」がどれほど脆く、かけがえのないものかを痛感しました。生きていること、明日が来ることが当たり前ではないこと。そして、周りの人たちの優しさに感謝する気持ちを、私は今回の経験から強く学びました。

「感謝」の反対語は「当たり前」だと言われています。日々の生活や人々の支えに感謝することを忘れないでください。労働組合の方々も震災後、何度も「困っていることはありませんか?」と声をかけてくれました。その優しさに、私は何度も救われました。そして「私の主張」に参加してみませんか?と声をかけられたとき、能登半島地震を風化させたくないという思いで参加を決めました。

私は決して話すことが得意ではありませんでしたが、今こうしてお話ししているのは、あの地震の経験を皆さんに伝えたいからです。私の体験を通して、「当たり前の無い日常」の大切さを少しでも感じ取っていただければと思います。そして、どうかこの話を家族や友人、職場の仲間に伝えてください。特に若い組合員の皆さんに、この大切なメッセージを届けてください。

「当たり前の無い日常」は、労働組合の活動を通じて守られるものだと信じています。これからも、私は「当たり前」の大切さを伝え続けていきます。そして、私たち一人ひとりが声を上げ続けることで、未来をより良いものにしていきましょう。

2024年石川県支部大会準優勝

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