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ネコのこと 虎太郎のこと 005

  実は、僕が猫を飼うことになるなどということは、想像してもいなかった。
 都会での暮らしは、単身者用の狭いマンション暮らしで、もちろん「ペット不可」だったし、仕事はと言えば、朝7時前には駅のホームで電車を待ち、帰宅するのは夜の9時とか、ちょっぴりブラックの匂いのする仕事だったのだから。
 だから、猫や犬と一緒に暮らす生活なんて、僕のこの先の人生にはありえないと考えることが当たり前だった。というか、考えても思ってもいなかった。

 そんな僕だけれど、実は猫との接点は無いわけではなかったのだ。

 父親の実家は農家で、猫を飼っていた。「農家は猫を飼う」という話はまた別にするとして、当たり前のようにその家には猫がいた。
 古い造りの家で、囲炉裏炬燵が団らんの場だった。まだ僕が幼稚園に上がる前の話だから記憶はないけれど、炬燵に当たって僕がかじっていたおやつのスルメを、炬燵から突如猫が現れて奪おうとしたそうな。僕が泣きながら抵抗しスルメを離さなかった、という話を、大きくなってから何度も聞かされた。なんの含蓄もない話。僕はそんな出来事を覚えてもいない。

 幼稚園に上がると、共働きで帰宅の遅い両親の代わりに、比較的早く帰ってくる伯母に僕は預けられていた。幼稚園が終わる頃に祖父が迎えに来て、伯母が帰ってくる頃合いになると、離れの伯母の家に預け替えになる。
 昔はみんな一生懸命働いていたんだな。みんな忙しい中、幼児の世話をリレーしていたのだ。
 その伯母の家には「マメ」という猫がいた。伯母が帰ってくるまで、僕はマメと一緒に誰もいない家で過ごしていたのだ。特段マメに世話になった思い出も、僕が可愛がった思い出というのもないんだけれど、たぶん、ごく自然に、マメと僕は一緒の時間を過ごしていた。
 そんなある日、事件が起こった。
 マメはネズミを捕まえた。昔はけっこういたのだ、ネズミが。そしてマメは、(おそらく)当たり前のようにプレゼントとして、伯母愛用のソファの前にそれを置いた。幼稚園から帰ってその部屋に預け替えされた僕は、それと知らず踏んだのだ、それを。
 帰ってきた伯母は、赤く染まった靴下をはいて火が付いたように泣いている僕を発見したのだという。
 それでマメと僕の関係が悪くなるようなことはなかった(と思う)けれど、マメは僕のことを「全く使えないダメなちび猫」と思っていただろうな。


他の猫の話をするんかい





 


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