永訣

 エリヤ・カタルジュは部屋の鍵を閉めて、手に持った蝋燭に火をつけた。

 城の薄暗い廊下を歩きながら、この場所での記憶に整理をつけていた。胸に沈み込んでいたそれは必ずしも楽しいものばかりではなかったが、立去る時になってみると、どうしても感傷が湧いてくるのを抑えることができなかった。

 朝の陽射しが窓枠の隅を通り抜けた。この光を見るのは久しぶりのことだ。エリヤは落ちていた厚い布を窓の上に被せ、再び廊下を暗闇に戻した。日中に眠って過ごす友人のためには欠かせない仕事だった。

 その友人はようやく寝室に入ったばかりだ。昨晩の食事はあまり良いものではなかったらしい。ただでさえ、寝付きが良くないことをこぼしていたため、就寝の邪魔をするのは躊躇われた。しかし挨拶なしで出ていくことも不義理である。やはり最後に一目見てから城を出ようと、部屋へ向かった。

 最奥まで続く廊下の床は歩くたびに音が鳴った。不安を覚えるほどの頼りない音だ。壁にも亀裂が入っている。それも数か所というものではない。古びた城はもうあまり長くはもたないのかも知れない。

 部屋の前に着いたエリヤは扉の装飾をしばし見ていた。砂時計を模した風変わりな飾りは、自分によく似合っているから、と友人が自嘲気味に扉に付けていたものだった。ちょうど砂が流れ終わり、定められた時間が経過していた。エリヤが飾りを逆さまに戻すと、再び砂が時を刻み始めた。赤い砂はゆっくりと上から下へ落ちていく。

 時計を自室の前に置いておくあたりも、皮肉な性格をよく表していた。無限に生きることを余儀なくされた、吸血鬼の性格を。


 扉を叩くべきか、逡巡の後に静かに入ることにした。眠っていれば寝顔に、起きていれば直接挨拶をすれば善い。

 部屋の中は変わらず暗い。自分の持つ燭台の周りのみが照らされている。ベッドは部屋の北側に位置していた筈だ。ぼんやりとした灯りをそちらに向ける。

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