ダークファンタジーのような断片の下書きのコピーの保存

 魔女は十七歳の誕生日に死ぬ。一人の例外もない。

 彼女たちは最初、ごく普通の人間として生まれる。両親も何ら変わったところのないありふれた人間である。つまり、家柄に関係なく、どこの家庭からも生まれるものであったらしい。
 夫婦の間に生まれた子どもが三人目で且つ女子である場合、その子どもは魔女として家系から断絶される運命を背負う。彼女にとっては理不尽極まりないものだが、人生を選ぶことはできないという点では、現代の我々も同様である。
 魔女としての生涯に身を投じることとなった赤子は、すぐさま冷たい鉄製の檻に入れられる。その中には、腐り果てたカラスや猫の死骸が詰め込まれ、夜の間中、屋外に放置される。次の朝、両親が恐る恐る外へ出てみると、檻ごと消え失せている。あとには、わずかな煤と炭の匂いだけが残るのみだという。

 魔術史学者リーガースブルクの著作『魔女の檻』は、魔女の成り立ちからその他種族との交わりの後、彼女たちが歴史から完全に消え去るまでを記している。
 リーガースブルクはともすればオカルティックな観念に陥りがちな魔女という存在に対し、夢幻的な実体を与え、人生の不条理や運命の受容といった自身のテーマを追求している。時折、詩篇や図版をまじえながら展開される一大絵巻は、創作の趣も僅かにあれど、これまでヴェールに包まれていた中世史を眼前に再現してくれるものと言える。
 特に後段に示したいと思うものは、魔女エリヤと彼女を助けた吸血鬼メイリアルのくだりである。この箇所は、なんとも奥床しい、あたかも恋愛小説のごとき感情を湛えている。
 彼女たちが、何を考え、どのように行動し、人間と関わってきたのか。
 魔女制度の復活が叫ばれる今般、中世の青史が顧みられている。既に滅びた魔女の幻影に再び光を当ててみることも、この制度の是非を問うためには、決して無駄ではない筈である。

 さて、幻想の如き、儚い魔女制度に話を戻そう。

 檻に入れられた赤子が運ばれるところは冥府と呼ばれる魔女としての訓練所、彼女たちの暗い運命を司る場所である。場所は北方の海岸沿いにある穴ということしか書かれていない。聳立する巨岩を波が長い年月をかけてくり抜いた天然の洞窟のようなものであろうか。
 冥府の番人たち、ここで魔女を育て上げる存在はこう呼ばれている。正体は一切わかっていない。リーガースブルクもこれについての記述は残していない。
 檻に入れられた赤子を冥府に運んでくるのも、おそらく番人の仕事であったと思われる。
 赤子は、まず全身の汚れを沐浴で落とし、きれいになった身体に聖油を塗りたくられる。その後、魔女らしく黒衣を着せられ、今度は聖油を飲まされる。この飲用については成長してからも彼女たちの日常に落とし込まれる。これは、『魔女の檻』の文中にアマニ油の一種ではないかとの推測がある。
 七歳の誕生日までは、魔術の習得に時間を費やす。起きてから眠るまで、その道の勉学に励む。古い書物を読み漁り、慣れない手つきで、覚え立ての術を行使する。当然、未熟なままであるから自らの能力を制御しきれず、生命を落とす者もいる。
(中略)

 彼女たちはその術中に特にベロニカの花を好んで使っていたそうである。丁寧に摘んだ自生の花を、体内に蓄えたアマニ油で燃やし、煙から様々な予知を行ったという。
 そうして、峻厳な日々を過ぎた七歳の誕生日、残りの十年の寿命がついに宣告される。と同時に十年を数えることのできる砂時計を渡される。生命が尽きるまでを報せる冷酷なオブジェは、魔女の首にぶら下がり続ける。
 まさしく不条理を具現化したような、この魔女制度は、いったいどのような始まりがあったのか?
 リーガースブルクは「契約の時代」からすべてが始まっている点を指摘している。

「神々との契約、──魔女の起源はこの古代の契約に由来する。文明が発展する中で、強欲にも我々の祖先は神託に飽き足らず、神の力そのものまでも手中に収めようとした。
 そこで神々は人間との均衡を保ちつつ、知恵を授けた。力に対しては制限を、存在に対しては寿命を定めた。
 契約は、魔女となる人間が十七歳の誕生日に命を落とすことを条件とし、寿命の尽きた魔女は神々の世界に再び生まれ、今度は神に仕えるという。
 魔女となった者はその力を利用して予言を元に王の為政に尽力することとなった。短命たる魔女が未来を予言するとは、皮肉なものである。
 奇妙なことに、魔女の間にも次第に階級ができるようになっていた。優れた者は為政者の傍に。優れざる者、謂わばあぶれた魔女たちは民衆に仕え、労働や、時代の暗部の仕事を余儀なくされた。
 魔女の力は強大であり、ときに厄災を引き起こした。各地に残る洪水や、火山噴火、地震など、自然の大災害、果ては凶作までもが魔女の力の歯止めの効かなくなったために起こった現象と考えられた。
 生まれるが早いか、家族から追われ、悪夢のような修練に耐え、再び世に戻ると社会から虐げられる。憤怒の一言では済まされない感情の暴発、これが魔女の鉄槌と呼ばれているものである」

 大災害のすべてが魔女によるものであるとするのは早計であろう。また、契約の神々が果たして我々の神々と同一であるかはおおいに疑わしい。悪しき神を呼び出し使役したという話は、枚挙に暇がないことを思い出すべきである。もし、古代の王が契約した神々が邪神、もしくはそれに近いものだとすれば、魔女の鉄槌と呼ばれる災害も、悪魔の仕業として腑に落ちるものでもある。……
 神話に絡めた魔女の起源としては、リーガースブルクの記述は一種、魅惑的だが、実際のところは、魔女の隷属的性格から察するに、封建社会の産み落とした階級制度に端を発するとみて間違いないであろう。
 吸血鬼や悪魔の著述家たるブランの『冥府行』には次のように綴られている。

「魔女は七歳になり、冥府を出るその前に二種類の階級に分けられた。主にはその個人の能力によってであるが、自我の残滓も考慮された。
 下級に属することとなった魔女は言ってしまえば、奴隷にも等しい存在である。社会で共有される物言わぬ奴隷。これが数百年もの間、魔女制度が廃れることのなかった理由である」

 王に侍る者として、上級魔女は曲がりなりにも、まっとうな暮らしがある程度は保証された。
 下級魔女は、──おそらく一般的に想起される魔女という存在はこちらである──古代から中世社会に於ける最下部で、その生命の灯火を燻らせ続けた。
 畢竟するに、我々の国にも奴隷制度はかつて存在していた。それは魔女という名を与えられて。……

 この物語の主人公、魔女エリヤも七歳の誕生日を迎え、下級魔女として、ようやく冥府を抜け出したところだった。迎えの者は誰一人としてなく、エリヤが最初に目にしたものは、北方地域の荒涼とした黒い海だった。

いいなと思ったら応援しよう!