夏に思ふこと
グラスに入れた麦茶を暫く眺めてゐる。夏の畳の上に置かれたグラスは直ぐに汗を掻く。団扇で扇がれても、微風の中に置かれても、我慢は難しいやうだ。
麦茶の氷が窮屈さうに泳いでゐる。時折、からんころんと音を立てて。この音は今の時期にしか耳にしない。
七歳の頃、私は縁側に坐つて景色を見てゐた。大好きだつた祖父の家の縁側で、涼みながら、田圃の畦道を。そこを行き交ふ楽しさうな人々を見てゐた。あの時、母は何と言つたのだつけ?
家の中に居ないで。出て行け。
たしか、かういふ言葉だつた。その時風鈴が弱々しく鳴つた。氷の音の後で。
氷はゆるやかに小さくなつて、もう音も出さない。どんどんと溶けて、グラスから溢れた麦茶が恨めしさうに流れてゐるのみだ。
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