外掛けとニーリーピング
1 過日の試合で、ウチの道場の若い子が2回も「外掛け」で反則勝ちした。「外掛け」とはルール上の呼称ではなく、ボトムがシングルXガード(注1)に入った際に彼の上の足(下の動画で言えば、左足)が相手の膝の中心線を超えて内側に入った状態を便宜上そう呼ぶことにする。
注1)
2試合ともトップのパスのプレッシャーに耐え切れなくなったボトムの選手が、パスの圧力を止めるために仕方なくシングルXに入った時に、たまたま「外掛け」の体勢になって、反則負けを宣告された。
相手は勿論だが、ウチの道場の子も何で勝ったのか納得がいってないという表情をしていた。
厳密に言えば「外掛け」は反則ではない。反則は「ニーリーピング」である。
「ニーリーピング」の定義をJBJJFのルールブック(念のためIBJJFのルールブックと解説動画も確認したが、JBJJFのルールはIBJJFのルールブックの該当箇所を直訳したモノである)から「ニーリーピング」について定めた箇所を引用する。
「ニーリーピングは競技者の太腿が対戦相手の脚の下にある状態で、競技者がその脚のふくらはぎを相手の膝の上部にかける行為である。この時、競技者の脚が対戦相手の身体の中心線を越えていて、競技者の腰と脇の間に対戦相手の足首が固定され、対戦相手の膝に外側から圧力をかける事が出来る危険な状態である。
対戦相手の足首が固定されているとみなされるためには、競技者が対戦相手の足首を抱えている必要はない。
この規定の目的上、競技者が立っていて、危険な状態になりうる膝の側の脚に体重をかけている場合、この脚の足首は固定されているとみなされる。」(https://www.jbjjf.com/rules/ibjjfrule/より)
この試合の後で、ジョン・ダナハーがシングルXについて語った動画で次のように言っていたのを思い出した。
「多くの人が誤解しているが、シングルXは上の足が相手の足を超えただけでは「ニーリーピング」にはならない。「ニーリーピング」として危険行為と見做されるには、自分の外側の膝が内側を向いて相手の膝を捻るような形になる必要がある。裏を返せば、自分の外膝が外を向いている限りは「ニーリーピング」ではない」
今のIBJJFのルールでは、自分の外膝が外側を向いていれば「ニーリーピング」には絶対にならない、という事は言えないが、少なくとも「ニーリーピング」がなぜ危険行為として反則になっているかをダナハーの言から知ることが出来る。
つまり、ボトムの人間がトップの足を外側から挟んだ状態で身体を内側に捻れば、トップの膝に強いテンションがかかって、怪我をする危険性が高いからそれを「ニーリーピング」として禁止しているのである。
JBJJFの「ニーリーピング」の定義も分かりにくいが、要は外足が「相手の膝の中心線」ではなく、「相手の身体の正中線」を超えたら反則になる、という事である。
過日の試合に話を戻せば、少なくとも1試合は「外掛け」ではあっても、「ニーリーピング」ではなかた。勝ったからそれで良いという考えもあろうが、負けた方にとってみれば、審判のミスジャッジで遠征費を含む多額の参加費をドブに捨てたようなモノである。
2 このように「ニーリーピング」は危険行為として反則とされながら、その定義が曖昧なために審判のミスジャッジを誘発しやすい。試合における危険行為を一律排除して選手の怪我を予防するというのが連盟のルールセッティングの基本理念ならばそれはそれで理解できなくもない。
だが、最近の連盟のルール改正は、「選手の怪我を予防する」という考え方とは全く逆の方向に向かっている。
https://grapplinginsider.com/ibjjf-unveils-new-heel-hooking-and-leg-reaping-rules/
今のところ茶黒・ノーギのみであるが、上の記事にあるように「ニーリーピング」だけでなく「ヒールフック」も解禁されたのである。
「ヒールフック」は、相手の足を固定し、テコの力を使って相手の踵を捻るので、非常に危険な技である。
この技が解禁された理由は、その時期がWNO等のプログラップリングが大きな盛り上がりを見せ始めた約2年前である事を考えると、プログラップリングで「ヒールフック」が合法とされている事への対抗措置としか考えられない。
「選手の怪我を予防する」ために危険行為を試合から排除するなら、一方で(茶黒・ノーギを除き)「ニーリーピング」を反則にしておきながら、他方で「ヒールフック」を解禁するのは矛盾していると思う。
もっと言うと、以前BJJfanaticsのブログで読んだ話になるが、BJJで最も大きな怪我に繋がりやすい技は「ヒールフック」と「キムラ」(そして、「カイオ・テハ・フットロック」)だそうである。「選手の怪我を予防する」という考え方を徹底するなら、「キムラ」も反則にした方が筋が通っているだろう。
3 ルールの改正によって、有利不利が出る事は他の競技スポーツや武術でもあるかと思うが、IBJJFのルール改正には一貫性がない。
「危険行為の禁止」という点で矛盾している、というだけでなく、ポイントシステムのあり方にも疑問がある。
元々ポイントはサブミットする事にどれだけ近づいたかを基準に割り振られたいたはずである。だから、テイクダウン(2点)より、パス(3点)した方が、パスからさらに「マウント」ないし「バック」(それぞれ4点)に移行した方がポイントが高いのである。
相手が「バック」や「マウント」からエスケープした後で、「ニーオン」を取ったらさらに2点追加される意味が私には分からない。
30-0とかいう試合になるとしたら、それはサブミットする気がないという事ではないだろうか。
以上述べてきたように、試合のルールとして連盟が定めている内容には「危険行為」の設定においても、また、「ポイントシステム」についても不備が多い。
したがって、そうした問題のあるルールの中で行われている試合に勝てないからといって嘆く必要はない。試合のルールもしょせんは他人から与えられたモノでしかない。
大事なのは、日々の稽古の積み重ねである。連盟やDUMAUのために稽古するのは馬鹿らしい。他人の評価に振り回されず、自分が納得の行く稽古を積み重ねるべきだろう。試合に勝てずに柔術を辞めて行く人々を見ているとつくづくそう思う。