足関節から「サバイブ」する
1 先日久し振りに柔術の試合に出たが、会場で感じたのは(以前も書いたように)昨今の趨勢としての「BJJのレッグロックゲーム化」だった。
自分が対戦した外国籍の選手も前の試合でシングルX(アシガラミ)からのストレートアンクルロックでタップアウトしていたので、私もレッグロックゲームになる事をある程度覚悟してはいたが、いざ試合が始まると予想通り相手が引き込んできたので、さっさと両膝を着いてレッグロックゲームにならないようにした。
B・ファリアがかつて次のように語っていたのを聞いて非常に納得したので、以来自分が上になったら両膝をまず地面に着けるようにしている。
ファリア曰く「自分が両膝を地面に着けていれば、相手はデラヒーバガードにも50/50にも入られることはないし、ベリンボロを喰らう事もない。スパイダーガードに対処しさえすればいい」。
勿論、実際のゲームでは相手が下になったからといって、自分がいつでも好きな時に両膝を着けられるわけではないが、理屈の上では両膝が地面についてさえいれば、相手が片足を自分の膝裏や足の間に引っ掛ける事が出来なくなるので、大半のガードゲームやモダン柔術の技術を封じる事が出来るはずである。
昔のグレイシー柔術のスパーはお互いが両膝を地面に着けていた。興味のある方は下の動画の3:00辺りを参照して欲しい(スパイダーガードもなかった頃の話である・注1)。
https://www.youtube.com/watch?v=9e9xFgfZx98
連盟が設立され、ポイントシステムが導入された事で多様な「ガード」テクニックが生まれたことは確かだが、それが必ずしも柔術を進化させたわけではないと私は思っている。
私の試合の話に戻れば、結局両膝を着いてパスしようとしたら相手とスクランブルになったので、自分から下になってハーフガードからクローズドガードに入り、そこから崩してパームアップ・パームダウンチョークで一本を取った。
試合に勝てたのはたまたまだが、相手の選手と組み合っていると、彼はレッグロックゲームがあれだけ強いのに、一度クローズドガードに入ったら、どうしていいか分からず困っているという印象を強く受けた。
BJJの流行に合わせて強いレッグロックゲームが出来ても、クローズドガードに対処できないというのはちょっと極端ではないかと思った。
2 確かに、5分~10分の短い試合時間の中で、相手をテイクダウンし、パスしてマウントやバックに移行し、アームバーやチョークでサブミットしてフィニッシュまで行くというグレイシー的な発想が現実的でないのは分かる。
私も、限られた練習時間の中で5分の試合に勝とうと思えば、「ポイントを先制して、あとはそれを守る」事や「レッグロックで一瞬で試合を終わらせる」事に特化した練習をするのが合理的だと思う。
自分が通う道場の周りの生徒達が試合に勝つ事を目標に練習している人ばかりであれば、自ずと彼も「ポイントゲームの巧い」あるいは「足関の強い」人々ばかりとスパーする事になり、周囲と同じようなタイプの選手になっていくはずである。
だが、流行はいずれ過ぎ去る。かつてグレイシーがグラウンドではお互いに両膝を地面に着けていたように、ルールが変われば、いずれ「ポイントゲーム」に勝つための技術も廃れ、「レッグロック」を使う人も減っていくかもしれない。現にWNO等のプログラップリングを見ていると、ジャッジ判定はあってもポイントがないせいか「BJJのサブミッションレスリング化」とでも言うべき事態が進行しているように思う。
そうした現象が一過性の流行であるならば、それの是非を論じる必要はない。ただ、現実問題として、柔術をやっている人が試合に出なくてもレッグロッカーとスパーする可能性はある以上、それからどう「サバイブ」するか?という発想は持っておいた方がいいと思う。
3 本稿を書くにあたってYOUTUBEのいくつかのサイトに目を通したが、「レッグロック」のやり方の解説動画は山のようにあるのに、「レッグロック」の「ディフェンス」や「エスケープ」について解説した動画がほとんどない事に気付いた。
私の場合、基礎的な「ディフェンス」「エスケープ」は道場で習ったが、確かにBJJ fanaticsの教則を検索しても「レッグロック」の「ディフェンス」「エスケープ」に関する教則は数えるほどしかない(注2)。
試合に勝つための手段として「レッグロック」に対するニーズがこれほど高まっているのに、それから「サバイブ」すなわち身を守る事に対する関心が著しく低いのは、練習のあり方としてもバランスを欠いているし、何より「レッグロック」の危険性を考えると、やはり怪我を防ぐためにも最低限の「レッグロック」ゲームの仕組み(ここで言う「最低限」は私のようなアマチュアの柔術家を想定している)を理解しておく必要があるだろう。
4 「レッグロック」から「サバイブ」するために必要だと私が考えているのは次の3点である。①「レッグロック」の理合を理解する②「レッグロック」ゲームになる展開を知っておく③とにかくタップ。
①「レッグロック」に興味のない方でも、「レッグロック」からの逃げ方を知りたいという人は多いのではないだろうか。先にも述べたようにYOUTUBEのや教則を見てもそうした需要にほとんど誰も応えてくれていない現状を踏まえると、「レッグロック」に捉えられた時に、技が決まる方向に自分から逃げて自爆して怪我をしてしまう事だけは避けたい。これを裏返して言えば、「レッグロック」の理合が分かっていれば、理屈としてどの方向に自分が逃げるのがマズいか=技が極まってしまうかが分かるので、自爆せずにタップが間に合う可能性を上げてくれる。
「レッグロック」(とりあえず基本的な「ストレートアンクルロック」「トゥホールド」「ニーバー」)についての理合は次の動画を見て頂ければ大体は分かる。打ち込みして身に付ければより深く理解できる。
https://www.youtube.com/watch?v=Hlh2NRQ_EJQ
②「レッグロック」の理合が分かれば、早めに危険を察知してタップする事が出来るようになるのは確かだが、相手の「レッグロック」そのものを回避するためには、「レッグロック」ゲームになるポジションを回避することがより確実だろう。最初から「レッグロック」を誘発する危ない場所には近づかないという事である。
本稿を読んでいる方の中には「そんなの言われなくても知っている」という人もいるかも知れないが、相手の「レッグロック」ゲームに乗せられた後でそこから「エスケープ」するのと、そもそも相手の「レッグロック」ゲームに付き合わないというのでは、「レッグロック」を防ぐという点だけを取ってみれば後者の方がはるかに合理的だろう。
その意味で次のようなポジションを知識として知っていれば、相手にそうしたポジションに入られるのを防ぐことで、「レッグロック」はある程度未然に防ぐことが出来る。
「シングルX(アシガラミ)」
https://www.youtube.com/watch?v=y0C8vIeCrc0
「Xガード」及び「シングルX」は上の動画に登場しているマルセロ・ガルシアの開発した「ガード」ポジションだが、最近は本当にここからスイープして足を極める展開が多い。
ただし、ガルシア本人は次のように語っている事も付記しておく。
https://www.bjjee.com/articles/the-real-reason-why-marcelo-garcia-doesnt-like-kimuras-darces-leg-locks/
「50/50」
https://www.bjjheroes.com/techniques/the-5050-guard
「サドルロック」
https://www.youtube.com/watch?v=GFvysLbkxRs
白木先生の動画は分かりやすい。ただし、「サドルロック」は一度相手に形を作られると逃げるのがほぼ不可能である。
参考までに、本稿を作成過程で見つけた「レッグロック」と「サドルロック」からの「エスケープ」の動画も挙げておく。
https://www.youtube.com/watch?v=CFTLb8iywJg
https://www.youtube.com/watch?v=_lQ5zAEBHvk
私もグラップリングを見る側としては大好きな選手であるラクラン・ジャイルズだが、とても彼の真似は出来ない。「レッグロック」や「サドルロック」からの「エスケープ」を理屈として納得できても、怪我のリスクを考えると、それらをスパーの中でアマチュアが練習するモノではないと考えている。
③さて、「レッグロック」から「サバイブ」するための技術論を長々と書いて来たが、私個人の意見を言えば、「レッグロック」は形になる前にとにかくタップである。「レッグロック」は理合として正しくなくても、力の強い人が強引に極めるとそれだけで怪我をしてしまう。そういう極め力の強い人を相手にすれば、小手先の「エスケープ」は通用しない。危ないポジションに入ったら、あるいは入りそうになったら迷わずタップ、これに尽きる。
アマチュア柔術家が試合ひとつ、スパー一つに勝とうが負けようがそれで人生が左右される事はまずない。むしろ、そのたった一つの試合やスパーで「レッグロック」をタップせずに大ケガして、柔術家としての人生を棒に振る、そうでなくても日常生活に支障をきたす様な事があれば本末転倒である。青木真也選手がゲーリー・トノンとの試合で見せてくれたタップをこそ素人は真似すべきだろう。
https://www.youtube.com/watch?v=7t-nO3lZIew
この試合で青木真也選手の評価が下がるだろうか?むしろ、サドルに入られたら怪我をしないようタップをして、自分の身体を守った姿勢をこそ私は評価したい。勿論、ゲーリー・トノン(注3)の足関節の技術が非常に優れている事も忘れてはならない。
注1)「スパイダーガード」の由来については、『柔術大学』の解説に譲る。
注2)https://bjjfanatics.com/collections/instructional-videos/MC_Escapes
注3)ゴードン・ライアンの最初の師匠である。https://www.bjjheroes.com/bjj-fighters/garry-tonon