試合と向き合う

1 何度も書いているように、私はブラジリアン柔術の公式試合で勝つ事の価値を否定しているわけではない。
 個人的には、試合に勝つとかタイトルを獲るといった「結果」よりも、試合での勝利に向けて日々の練習を積み重ねた努力や、会場の独特の雰囲気に緊張し、データのない対戦相手に恐怖心を抱いたとしても、それでもその怖さから逃げずに相手に立ち向かって試合をしたという「プロセス」の方を賞賛したいと思う。
 たが、もうBJJの試合は「誰でも努力すれば夢は叶う(=試合に勝てる)」という世界ではなくなって来ている。
 http://btbrasil.livedoor.biz/archives/2023-03-10.html 
 この記事にあるように、先日行われたIBJJF主催の「ノーギワールド」で実施された9階級のうち、5階級の金メダリストがドーピング違反だったというのである。
 「ドーピング検査」は「ノーギワールド」の黒帯の優勝者にしか実施されなかったようだから、「ノーギワールド」に参加している選手でドーピングをしている選手は少なく見積もっても5人以上いたはずである。

 https://grapplinginsider.com/5-ibjjf-competitors-hit-with-usada-sanctions/

 先に挙げた日本語の記事の元ネタのひとつであるが、この中に掲載されているホベルト・サイボーグ・アブレウの画像を見て欲しい。
 彼はステロイドの副作用である「ムーンフェイス」をしているし、普通のトレーニングでは鍛えられない指の1本1本の筋肉が異常に肥大している。
 10年前の彼と比較してみればいい。
 https://www.youtube.com/watch?v=IlMlULExDjY
 ホベルト・サイボーグ以外に有名な選手としては、ジョナタス・グレイシー(グレイシー一族とは全く血のつながりがなく、勝手に「グレイシー」姓を称しているだけだそうだ・注1)も、「ノーギワールド」の2週間前に行われたWNOに出場している。

注1)https://www.bjjheroes.com/bjj-fighters/jonnatas-gracie 長い名前だが、「ジョナタス・シルバ」が本名になろう。
 
 今回「ドーピング違反」と認定された選手の多くは、ホベルト・サイボーグやジョナタス・グレイシーのようにADCCやWNOを始めとするプロのグラップリングの試合に出ている。
 もし彼らを弁護する余地があるとしたら、プログラップリングの試合で勝つためにドーピングをしているというより、対戦相手がドーピングしているから、自分もドーピングしなければ、そもそも試合にならないという事なのかもしれない。
 単純に「フェアネス(公平性)」の観点から言えば、ドーピングをしている相手と試合しようと思ったら、こちらもドーピングするのを認めるのが公平だとも考えられる。
 そこに「そもそもドーピングは汚い」「スポーツマンシップに反する」といったスポーツ的な「フェアネス」の考え方との大きなズレがある。
 
2 かつて「テクニックはステロイドに勝る」という妄言を残した選手がいた。彼の言葉が真実なら名言だったろうが、どうもこの発言をした当の本人がステロイドを使用していて、当時のBJJコミュニティでは彼のこの発言は全く相手にされなかったそうである。
 それはそうだろう。ステロイドをやって試合に勝ち続けている本人が「アンチステロイド」を語るのは、「自分が試合に勝ちたいから他の選手はステロイドを使うな!」と言ってるようにしか聞こえない。
 ムンジアルやADCC、WNO等のプログラップリングに出場する選手のパフォーマンスを「観客として」楽しむのは良い。私も(ムンジアルは見ないが)それらの試合を見て盛り上がっている一人である。
 だが、今述べたような場で活躍している一流の選手のテクニックを真似するのだけは止めた方がよい。
 私の知り合いで試合柔術に強い人がいるが、彼は以前B・ファリアが大好きで、ファリアのテクニックを真似していたらしい。
 ある年彼がB・ファリアの道場に出稽古に行って、直接本人に会ったら、そのあまりのサイズの違いに愕然としたそうである。
 その彼曰く「デカい奴のテクニックは、そいつのサイズ・フィジカル・体重を利用した技術だから、普通の人間が真似しようったって出来るものじゃない」と。
 だが、同じ事は軽い階級で活躍している海外の一流選手にも当てはまる。彼らがもしドーピングで強化した身体を駆使して試合に勝ち続けているなら、同じスピードや運動量のない普通の人が彼らの技術を真似できるはずがない。
 だから、私が記事を書くにあたってYOUTUBE動画を例として毎回のように引用している事と矛盾するように聞こえるかもしれないが、現在活躍しているトップの選手のテクニックをYOUTUBEで見て真似しようとするのは(身体能力の点から言って)不可能であり、習得しようとするだけ時間の無駄であるから止めるべきだと強く勧める。

3 今の連盟やDUMAUの試合は、彼らがどれだけ「アンチステロイド」を謳おうと、実際には「ステロイドフリー」である。 
 私が以前喘息の症状が悪化して、呼吸器科の先生からステロイド吸引を勧められた際に、「柔術の試合でステロイドは大丈夫ですか?」と聞かれた事がある。
 咄嗟に「BJJはステロイドフリーだから全く問題ありませんよ」という反応を思いついたが、それは冗談としてはブラックに過ぎると思って、「私は試合に勝つために柔術を稽古しているわけではありませんから」と返しておいた(その時処方された薬はオリンピックに出る時に使用しても大丈夫だそうである)。
 話を戻すと、今のBJJの試合はステロイドをする事が卑怯だから非難されるという「フェアネス」の観点から問題なレベルではもはやない。冒頭に述べたホベルト・サイボーグはほんの一例で、普通の人がステロイドを使用している「超人」と当たり前のように試合をするという異常な世界である。
 普通の人が「超人」に勝てるはずがない、というだけならまだいいが、普通の人が「超人」に挑めば簡単に壊される、あるいは最悪殺されてしまいかねない。
 「セルフディフェンス」の観点から言えば、そういう危ない世界には近寄らない方が賢明だと思う。
 またもし練習しても試合で勝てないという人がいれば、それはその人の才能がないからとか、練習量が足りないからではなく、BJJの試合がそうした普通の人の努力が正当に報われる場でなくなっているという点に思いをいたして欲しい。
 その事に気付けば、「試合に勝てないから柔術を辞める」という人が続出するという事態は防げると思う。
 連盟も全日本選手権の優勝者には一度ドーピング検査をしてはどうかと思う。普通の人に叶わない夢を見させ続けるのはいい加減止めた方がいい。

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