柔術ブレイキング

1 先日、試合時間1分のグラップリングの大会が開催されたそうである。

 「ブレイキングダウン」の影響を受けたのか否か?私は知らない。
 また、そういうイベントを企画するのも、法に触れない限りは主催者の自由である。

 ただ、「1分間では、セルフディフェンスを表現しようがないから、〔このイベントは〕柔術の本質を破壊するものだ」と怒っている方がいた。

 「柔術の本質が何か?」はさておき・・・競技柔術の試合で「ベリンボロ」を始めとするモダンスタイルが席巻した時に「柔術の本質を歪めるものだ!」という批判(論争)がなされたそうである。
 競技とはルールに則って勝敗を競うものだから、試合に勝つのにモダンスタイルが有効と分かれば、出場する選手たちが勝つためにそうした技術を取り入れるのは当然だろう。
 試合とはそういうもので、モダンスタイルを否定するのであれば、競技柔術そのものを否定するしかないと私は思う。
 ・・・、私はもっと別の理由から「このイベントは長続きしないだろう」と考えている。

2 試合時間が1分しかないとすれば、(サイド・マウント・バックといった)「良いポジションをキープする」時間的余裕すらない。

 そうなると、手っ取り早く勝とうと思ったら、足関節や飛び付き腕十字のようなサブミッションを使わざるを得ないだろう。

 誤解のないように付言しておくと、「手っ取り早く勝つために足関節を使う」事と、「足関節が簡単である」という事はイコールではない。
 WNOを始めとするプログラップリングの試合や、ジョン・ダナハーの「レッグロック・システム」を見ていると、今の「足関節」は高度かつ複雑に体系化されており、「とりあえずヒールフックの形をなんとなく覚えていればタップが取れる」というモノでは全くないからである。
 上の一文は、足関節を知らない人は全く知らない(正確には、練習する機会がないから知るきっかけがないだけなのだが)から、その情報格差を利用して、「手っ取り早く」足関節でタップを取れる場合もあるという趣旨だと理解して欲しい。

 また、手っ取り早く勝つ事は、強引に極める事とほぼ同義になる。
 強引に相手からタップをもぎ取るためには、相手を圧倒する(大人と子供の間に存するような)フィジカル差が必要になってくる。

 1分間で相手をサブミットするためのそうした条件(飛び道具しかサブミットの手段がなく、決めるには相手とのフィジカル差が必要)を考えると、ほとんどの試合は技術の見せ場もなく、サブミッション決着にはならないだろう。
 その結果、少なくとも(柔術やグラップリングを全く知らない)観客が見て面白い試合になるはずがないと思ったから、このイベントは長続きしないと考えたのである。

 現にPolarisというヨーロッパのプロ・グラップリングイベントでも、昨年試合時間5分の国別対抗戦が何度か開催されたが、ほとんどの試合が「引き分け」に終わっていた。
 トップレベルの選手同士の試合だからこそ、という側面はあるだろうが、対戦する両選手の技量が上がれば上がるほど短時間で試合が決着する確率は下がっていくのが普通になると思う。


3 勧められたので、件のイベントの試合を見たが、案の定サブミッションによる決着はほとんどなかった。
 
 私より若くて強い選手達が息を切らしながら試合している様を見ていると、こういうルールでは、相手にサブミットされて怪我をするよりも、1分間で勝とうと無理をした結果自爆型の怪我をする選手が数多く出てくるのではないか?というのが私の抱いた危惧である。

 ADCCやWNOを例に取るまでもなく、柔術やグラップリングの試合において、技術で観客を魅了するには、ある程度の長い時間が必要である(少なくとも、10分はいるだろう)。

 もし1分間の試合でサブ決着率を上げたいと主催者が考えるのであれば、対戦する選手の間に技量とフィジカルの両面でレベル差を設けるしかないだろう。
 だが、そういう試合は「バイオレンス」の表現にしかならず、弱い者いじめに過ぎない。

 「ブレイキングダウン」が好きな人々ならば、そういう柔術マッチを好むかもしれないが、およそ一般向けに見せられる内容ではない。

 「ブレイキングダウン」に関する情報をフォローしていないので、以下の話は伝聞になる。
 内容に誤りがあったら、ご指摘頂きたい。

 「ブレイキングダウン」のせいで粗暴犯(暴行・傷害等)の犯罪が増えているという非難がなされた。
 それに対して、「ブレイキングダウン」の主催者が、「犯罪統計を見ると、粗暴犯の数は近年減少傾向にあるから、ブレイキングダウンが犯罪を助長しているという批判は間違っている」と反論したそうである。

 粗暴犯も含めた犯罪件数が減少傾向にあるのは事実だから、「ブレイキングダウンが犯罪件数の増加に寄与しているという批判が間違っている」という反論は正しい。
 だが、同時にその事実(=犯罪件数が総数として減少しているという事実)は、奇しくも「ブレイキングダウンが(それを愛する人々の認識とは異なり)社会的には大した影響力がない」という事をも明らかにしてしまっている。
 また、犯罪件数が減っているからと言って、ブレイキングダウンの関係者が犯罪を犯した事を免責する理由には全くならない。

 世の中に数多くの「バイオレンス」が存在する事(戦争はその最終形態のひとつ)は疑いようのない事実だが、「バイオレンス」を見世物にするのは私は好きになれない。 
 同じ1分間であれば、私なら「ブレイクダンス」の試合を1ムーブ見たいものだ。

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藤田 正和
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