パブロフの犬

1 いつも私の記事を読んで下さっている方から、次のようなコメントを頂いた。

「総合格闘技などで観たような華麗なサブミッションを決めたいという動機を少なからず持っているマスター世代の入門者に対して、「最初の半年〜1年はただただ守勢に回ることになるだろうから、ディフェンスを覚えることを優先したほうがよい」と伝える(得心してもらう)のはなかなか難しく、1~2ヶ月で辞めてしまう人が多いのはどこの道場も同じかと思いますが、如何にしてディフェンスの面白さを初学者に伝えるべきでしょうか? 」

 確かに、サブミッションで一本取って勝つ事が柔術だと思ってる人に対して、「柔術を稽古するにあたっては、何よりもまず第一にディフェンスを覚えなければならない」と言うと、やる気を無くしてしまうかもしれない。
 私の考えでは、「ディフェンスやエスケープを覚える」という事は、実はそんなに難しいことでもないし、オープンガードやパスガードの技術を習得するよりもずっと短期間で出来る事だと思っている。前回の記事で「ディフェンスやエスケープの技術」と書いてしまったから、例えば「エルボーエスケープ」や「ウパ(Umpa)」のようなテクニックを習得すべきだという趣旨に解された方もいるかもしれないので、頂いたコメントに対する私見を述べる前にその点をもう少し明確にしておきたい。
 「ディフェンス」や「エスケープ」というのは、相手に抑え込まれた不利な状況で行わねばならず、自分から動いて事態を打開することが困難で相手のミスを待たなければならないという意味で、ミッションの遂行の仕方が極めて受動的・消極的である。それがサブミッションで一本を取るといった能動的・積極的な行為に比べれば、地味でカッコよくないと受け取られるのは仕方がないと私も思うが、「相手からタップを取られない」「悪いポジションから脱出」する上で要求される技術と言えば、極論すれば、「相手のアタックにも崩れない強い姿勢を取って、その場でじっとしていればいい」。本当にそれだけの話だと思う。
 実際には「強い姿勢」と言っても、背筋を単に真っすぐにしていればいいだけではなく、フレーミング技術も必要になるし、「じっとしていればいい」と言っても、脇を上げられそうになったらエビをして、強い姿勢を保持する、相手がミスをしたらブリッジして下から崩し「エスケープ」するためのスペースを作るといった細かい技術が要求されることになるので、文字通り「その場から一歩も動かなくて良い」という事にはならないのだが、それでも「強い姿勢を取って、相手がミスするまでじっとして不用意に動かない」ことが、悪いポジションでのベストな過ごし方だろうと私は考えている。
 柔術の初心者が「ディフェンス」の面白さや価値に気付く事があるとしたら、「強い姿勢でじっとして動かない」というディフェンスの意識付けをするだけで、自分より帯が上の相手にタップを取られる回数が劇的に減る事を実感した時だろうと思う。

2 私は道場経営者でもないし、他の道場に移籍はおろか出稽古に行った事すらないので、以下の話がどこまで一般化できるか、あるいは、他の道場で導入可能かは分からないが、「ディフェンスの面白さを初学者に伝えるためにどうしたらいいのか?」という点について、ウチのインストラクターの先生や私が試行錯誤した過程を参考までに述べてみたい。
 
 私が「ブラジリアン柔術」の門を叩いた時は、道場は完全に「弱肉強食」の世界だったと言っていい、当時もフリースパーの前に、「クローズドガード」「マウントポジション」「バックポジション」の条件付きスパーがあった。ただし、下になるのはいつも帯が上の会員なので、初心者は「クローズドガード」では新しいサブミッションの実験台にされ、「マウント」や「バック」ではポジションキープが出来ないので、簡単に上の帯に逃げられていた。
 さらに、インストラクターの先生も下に入っていたので、先生の組では何がしかのアドバイスが貰えるが、それ以外の組では上の帯が先生の目の届かない所でやりたい放題だったから、自分の場合「マウント」や「バック」でポジションキープに失敗すれば、5分経過するまで「マウント」や「バック」を取られた状況でのディフェンスについて誰からもアドバイスが貰えずに、入れ替わり立ち代わりタップを取られまくっていた記憶がある。

 その頃、インストラクターの先生に「ウチの道場でドリルとしてやっているエスケープの技術は、色帯の人であれば当然知っているし、それだけではエスケープ出来る気がしないのですが、どうしたらいいのでしょう?」と質問しても、「まずはタップを取られないようディフェンスを頑張りましょう」という返答で、技術的に具体的なアドバイスはなく、当時(入会してから1年くらい)は何をどう稽古すればいいのか全く分からずに悪戦苦闘していた。
 私の場合、その後サウロ・ヒベイロの「柔術大学」を読んで、白帯は「ディフェンス」(の強い姿勢を作る)、青帯は「エスケープ」をメインにすべきである、という言に触れたので、そこを徹底してやった。条件付きスパーであれ、フリーであれ、毎回延々と悪いポジションに閉じ込められ続けていたから、そこを逆手に取って、時間内にタップを取られる回数を一本でも減らそう、という意識で「悪いポジションに慣れる」訓練をしたのが今思い返せば良かったのだろうと思う。


 それから日本では今でもあまり受け入れられていないが、シャンジ・ヒベイロの教則から「フレームディフェンス」という考え方を知り、それを自分の「ディフェンス」に取り入れてから飛躍的にディフェンススキルが向上した記憶がある。


 道場の先達からは「アイツはいつも逃げてばかりだ」と陰口を叩かれていたらしいが、実際にタップを取られなくなり、マウントやバックから「エスケープ」出来る機会が増えてきたので、「自分のようなコンタクトスポーツ未経験者は、まずはディフェンスを覚えないと弱肉強食の中ではサバイブ出来ない」と確信したのである。

3 道場経営を試合に勝てる「強者」に合わせてしまえば、どうしても「弱者」は食い物にされて、毎回スパーで痛めつけられて、練習に嫌気が差して道場を辞めてしまう。これは必然だと思う。
 インストラクターの先生もその点を悩んでおられたのだが、ある時「これからは道場の方針を弱者目線に切り替えます」と宣言され、「初心者が上の帯からやられないよう守る」事に指導の主眼を置くようになった。
 試合用の技術を教えないことに反発もあったりして一時期は大変だったが、その後私から「自分がそうだったように、初心者はまずは徹底してディフェンスやエスケープをやらせた方がいい。条件付きスパーで下になるのは、新しく入った白帯にすべきで、彼らが悪いポジションに慣れて、上の帯から5分でも10分でもタップを取られないようにしたらどうでしょう?」という意見具申をした所、先生がそれを受け入れて、新しく入会した会員が条件付きスパーでは下になって、守る意識付けをする。そして、その際先生がそれを上から見て、気付いた点を逐一アドバイスするようにした結果、それ以降会員の定着率が飛躍的に向上した。
 今では、私が「アイツは逃げてばかりで口だけだ」という会員はいない(=文字通り道場からいなくなった)し、会員数もコロナ前と比べて明らかに増えた。以前は、コンタクトスポーツ未経験者は、一部の例外を除いて、ほぼ確実に辞めていたので、道場の顧客層を「弱者」に再設定し、彼らに「ディフェンスの意識付け」をした事が道場経営上もプラスになったわけである。
 道場を経営して利益を上げようと思うのであれば、BJJ村の常識に反して連盟やDUMAUといった公式試合にフォーカスを当てるのは止めた方がいい。道場のカリキュラムを「強者」に合わせてしまえば、道場に入会してくる大多数の、そして彼らの数を増やしてこそ利益になる「弱者」を切り捨てる結果になり、道場主は自分で自分の首を締めるようなものである。
 「強者」がいるのは構わないが、彼らのニーズは正規クラス外で別途「オープンマット」を設けて、彼らがやりたい事を自由に出来る時間を作ってあげれば事足りる。

 「ディフェンスの面白さを初学者に伝える」という本稿の主題に話を戻せば、上に述べたように白帯の早い段階で強制的に悪いポジションに彼らを置いて、まずはそのポジションでパニックにならないよう悪いポジションに慣れさせる、そして、動かなくても強い姿勢を作って守っているだけでいい、というディフェンスの意識付けをさせる練習法は効果的だと思う。
 その練習を3か月も徹底してやれば、彼らはそう簡単にタップは取られなくなる。最初同じ相手に5分で5本タップ取られたのが、週を追うごとに4、3、2、1と減っていくのを経験すれば、自分の技量の上達を身を以って実感できるはずで、おそらくはそれが「ディフェンスの面白さ」を伝える最良の方法だと私は思っている。
 それでも、サブミッションで華麗に勝つことを夢見る素人にディフェンスの面白さを伝えるのは難しかもしれない。ただ、彼らにサブミッションで華麗に勝つ事がいかに難しいかは比較的容易に伝えられる。前回の記事の後日談になるが、「アメリカーナ」の掛け方を覚えただけでは「アメリカーナ」でタップが取れない事を伝えるために、新しく入会した子にサイドトップを取らせた状態からスタートして「アメリカーナ」以外の極めは禁止という形でスパーした。結局彼は私から「アメリカーナ」が取れずに、私がエスケープしてクローズドガードに入り、スイープからマウントを取って、「アメリカーナ」ロックの形を作ってスパーを停めた。さすがに彼もサブミッションだけ覚えればタップが取れるわけではないと分かってくれたと思いたい。
 ディフェンスの面白さをどうやって伝えるかという具体的な方法については、それぞれの道場が実施しているカリキュラムの関係で制約があるかと思うが、ヒベイロ柔術では上の帯の会員が帯に両手を入れて(=両手が使えない状態にして)、5分間下の帯からサブミットされないようディフェンス・エスケープし続けるといった練習法を定期的にしているそうである(日本のグレイシー系の道場でも以前やっていたと聞く)。

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 イゴール・グレイシーの「サブミッション・エスケープ」は良作だと思います。
 

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藤田 正和
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