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ヒクソンは逃げたのか?

1 ブラジリアン柔術(BJJ)の稽古を始めた時に一番驚いたのは、スパーリングが始まった途端、皆が目の色を変えてタップを獲りに来る事だった。

 彼等に対して私はなすすべくタップを繰り返していたが、(ほとんどが)「後の先」の技術体系である古流柔術と違って、BJJはどうやら「先の先」の武術であるらしいと気付いたのはだいぶ後の事になる。

 古流柔術は型稽古(約束稽古)がメインで、力を抜いて稽古するのが当たり前だったから、その心構えのままで、ブザーと同時に100%全力全開でブッ飛ばして来る人々を相手にすれば、負けて当然だし、「たかが練習で何でそこまで本気にならなけれならないのか?」と理解に苦しんだ記憶がある。

 競技柔術では「自分のやりたい事の押し付け合い」に勝ったものが、試合にも勝つ。

 5分から10分の限られた試合時間の中で、「やりたい事の押し付け合い」に勝つためには、何よりもまずスピード・パワー・スタミナといった身体能力で対戦相手を上回らなくてはならない。

 私の場合、ソロドリル以外に一切の筋トレをしていないので、猶更そう感じるのかもしれないが、40歳を過ぎると、怪我の治りが極端に遅くなっただけでなく、稽古の量は変わらないのに身体出力も年々落ちていると感じる。

 40過ぎのオジサン(の多く)がアダルトの試合で勝つのが難しいのは、若い子を相手に身体出力で勝つ事が出来ないので、結果的に「やりたい事の押し付け合い」にも勝てなくなってしまうからではないだろうか。

2 桜庭(一志)選手がグレイシー一族を相手に連勝を続けていた当時、ヒクソンは桜庭との試合を「時間無制限でなければ受けない」と言って、頑なに断り続けていた。

 当時の私は格闘技について全くの素人だったから、メディアの論調に流されて「ヒクソンは負けるのが嫌だから、何のかんのと理屈を付けて逃げているのだろう」と考えていた。

 ヒクソンが「時間無制限」の試合であれば桜庭との試合を本当に受けたのか否か?は分からない。

 ただ、当時ヒクソンが既に40歳を超えていたことを考えると、5分や10分といった短い時間のラウンドでは、桜庭を疲れさせることが出来ないと考えていたのは間違いないと思う。

 自分が40過ぎて感じるのは、二十歳前後の若い子とスパーリングして、自分から攻めて勝つのは無理だという事である。

 彼等に勝つチャンスがあるとしたら、上の記事でヒクソンが述べているように、まずはその猛攻をきちんとディフェンスしてそのスタミナを削り、そこからクローズドガードに入るか、スイープして(=ひっくり返して)抑え込み、彼等をガス欠まで追い込むしかない。

 自分から動いて勝機を見出そうとすれば、スクランブルになってこちらが負けるか、スクランブルには勝てても、先にガス欠になってしまうだろう。

 そして、若い子は5分程度ではガス欠にならないので、彼等を仕留めようと思うなら、最低でも10分、出来れば30分は時間が必要になるハズである。

3 競技柔術が「先の先」のスポーツである事自体は何もおかしな事ではない。

 問題は、「先の先」を取り合うスポーツで勝つためには、相手を上回る身体能力が必要であり、一般的な40代のオジサンは若い子に身体出力で勝てない、という事実を無視している人が少なからず存在しているという点にある。

 スポーツは、自分の肉体の限界を超えようと試みる中で、高いパフォーマンスを発揮出来る。

 若いうちはそれでいいのだが、年を取っても自分の肉体の限界を超えようと頑張れば、身体に「無理」や「無茶」を強いるので、高確率で身体の方が壊れてしまう(だから、スポーツ選手はある年齢を過ぎると「引退」せざるを得ないのだろう)。

 今振り返ってみると、私がBJJの稽古を始めた時に道場にいた人々は、そうしたスポーツ的な発想で、5分間オールアウト(=全てを出し切ること) しようとしていたように思う。

 だから・・・かどうかは知らないが、彼等のほぼ全員が今はウチの道場にはいない。

 ディフェンスやエスケープの基礎がある事が前提にはなるが、試合時間が長ければ長いほど年の離れた若い相手とも戦えるという事をWNOは示してくれた。

 私が「オジサンは競技柔術の試合に出るのは止めて、セルフディフェンスの型をやった方がいい」等と言わないのは、時間さえあれば若い子とも戦う術があると知ったからである。

 柔術を始める前はヒクソンが好きではなかったが、最近は彼の言う事がなんとなく分かるような気がしてきた。勘違いかもしれないが・・・

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藤田 正和
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