糸色望

1 最近ウチの道場に入会したある子(S君と呼ぼう)から「今度〇□(アマチュアMMAの大会)に出るので、試合〔当日〕まで〔の期間〕特別スパーをして下さい!」と頼まれた。
 思わず「エッ、何に出るって?」と聞き返すと、「MMA始めて3か月経つので、そろそろ腕試しがしたいな~と思いまして。エヘヘ・・・」と自信満々に答えてくれたので、頭を抱えてしまった。
 〇□の大会にはMMAクラスの子が毎年のように参加しているが、これまでの戦績を見ていると、彼らが初勝利を上げるまで入会してから最低でも1年から2年は掛かっている。それにも関わらず、格闘技経験ゼロから始めて3か月のS君が試合に出て勝負になるわけがない。それ以前に、私はS君が試合で事故死するのではないかと本気で心配している。
 抱えた頭をなんとか起こして、「試合では何がしたい?」と聞くと、「テイクダウンは苦手なので、相手に倒される前提でグラウンドを強化したいです」と言う。理由を聞いてみると、「ダブルレッグは首を取られる」「シングルレッグはやり方を知らない」という回答だったので、「君はテイクダウンが苦手なのではなく、テイクダウンを知らないだけだ!」絶望先生でなくても「絶望した!!」と叫ぶだろう。
 
 私はMMAの試合に出た事はないし、今後も出ないが、万が一試合に出たとしても結果はやる前から分かっている。「パンチ一発でKOされる」。これはほぼ確実だろう。40過ぎて、明らかに動体視力が落ちた。タックルはまだしも、パンチは見えない。
 少し前に子供のころからずっと柔道をやっているという若い人が出稽古に来たが、彼とスパーをした際、私がいつものようにクリンチを狙って、自分から組まずに半身の姿勢を取っていると、彼が一瞬で視界から消えた。次の瞬間なぜか私が彼のバックに付いていたが、どうも背負い投げに入られたのを無意識でブロックしたらしい。背負いで投げられてバックを取ったことはこれまでも何度かあるが、背負い投げが「見えなかった」のは初めてだったので、その日は自分の動体視力の衰えを知って愕然とした。

2 S君は、MMAクラスの先生から「ラッキーチョークくらいしか勝ち筋が見えない」と言われたと無邪気に語っていたが、「ラッキーチョークって何?バギーチョークじゃないの??」と、さすがに私も段々腹が立って来たので、「S君、僕はMMAでは絶対に勝てない。その僕と5分間スパーして、1回でもタップ取られたら、君は今度の〇□に出るのは止めなさい」と伝えてスパーリングをした。
 案の定オフェンス力の低い私でもS君からタップを取るのに一分もかからなかった。つまり、S君はド素人という事がこれでハッキリした。私の先生も「試合までの残り一月で、何処から手を付けていいのか分からない・・・」と絶句しておられたので、S君もこれで今の自分の実力をきちんと自覚して、〇□に出ることを思い直して欲しいと願っている。

 冒頭でS君が私に「特別スパー」をして欲しいと頼んできたと書いた。MMAの事は分からないが、BJJでは「とにかくスパーリングの本数をこなす事が強くなる近道だ」と思っている人がいる。「スパーリング信仰」と言っていい。だが、S君の例を見ても分かるように、最低限の「ディフェンス」意識や「エスケープ」の技術がなければ、スパーリングをいくらこなしても強くなることはまずない、と言っていい。スパーリングの本数に応じて、怪我をする確率が跳ね上がるだけである。
 せめてS君も「今度〇□に出ようと考えているが、こういう試合プランを立てているので、このスキルを伸ばしたい」という風に、スパーリングの目的を予めハッキリさせてくれていれば、その目的に応じたアドバイスなり、テクニックの打ち込みに応じる事も出来ただろう。だが、事前のプランもなく、成り行きで試合に勝てるほど柔術は甘くない(MMAはもっと厳しいいはずだ)。
 「 とにかくスパーリングの本数をこなす事が強くなる近道だ」と考えている人は、この「スパーリングの目的」意識があいまいな人が多い。
 「テクニックを覚えたい」と考えているのであれば、「スパーリング」ではなく、打ち込みないし対人ドリルの本数をこなした方が遥かに効率的である。ただ「相手に勝つ」だけを目標にしたスパーリングは、お互いに「自分がやりたい事の押し付け合い」に終始するから、自分の意図した通りの展開にスパーリングがなる事はまずない。少なくとも「スパーリングの中でテクニックを覚えよう」とするのは、非効率極まりないと私は思っている。
  
 また、自分の「スパーリング」の動画を録画している人も時々いるが、しかるべきアドバイスが出来る人がそれを見てコメントをくれるならば話は別だが、録画した動画を後で自分で見返して「スパーリング」を検証する、言い換えれば、改善点を見つけ出す能力のない人にとっては、そうしたひと手間に対する「頑張っている感」への自己満足以上の成果が得られるのか疑わしい。

3 私は柔術の上達という点において、「とにかくスパーリングの本数をこなす」という練習法には反対である。
 上に述べた事の繰り返しになるが、①初心者はスパーリングをする前に、まず「ディフェンス」「エスケープ」のスキルを身に着けるべきだし、②テクニックを習得するためには「打ち込み(対人ドリル)」を繰り返す方がはるかに効果的だからである。
 逆に言うと、①②をクリアした一定以上のレベルの人が「このスパーリングで何をしたいのか?」という点を明確にしたうえで、「スパーリング」の本数をこなすのであれば、それは柔術の上達において非常に有益だと思う。
 
 ここ最近ダナハーの言を引いて「柔術の上達に必要なのは一に練習量。二に練習の質」という話を繰り返しているが、「スパーリング信仰」に陥っている人々は、柔術の上達が練習量だけで決まると錯覚しているのかもしれない。
 「とにかくスパーリングの本数をこなす」練習では、練習量は確保できても、練習の質がどうしても下がってしまう。
 
 ゴードン・ライアンは一日8時間の練習の中で、いわゆる「ガチスパー」は一切やらないそうである。怪我のリスクも勿論だが、何より「ガチスパー」では練習そのものが続かず、非効率だと言っている。

 上の動画にも見られるように、練習時間の(うち2時間のフィジカルトレーニングを除くと)かなりの時間をテクニックドリルや条件付スパーリングに割いているそうである。

 私も含めBJJの「ライト~中間層」にとっては、コンスタントに練習時間を確保するだけで大変なのだから、限られた練習時間を有効活用すべく、「どうすれば練習の質を高められるのか?」という点についても、各人なりに一度は考えてみた方が良いのではないだろうか?

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藤田 正和
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