これからの「連盟」の話をしよう

1 今朝次の記事を読んで、「またか・・・」と思った。

 ミカ・ガルヴァオは昨年のムンジアルにおいて若干19歳で優勝し、その余勢を駆って、ADCC77kg以下級でも準優勝と言う素晴らしい結果を出している(注1)。昨年最もブレイクした選手の一人だと思う。

注1)

 だが、プログラップリングに出場する選手の大半がステロイドを使用している現状に鑑みると、ミカ一人を非難する気には到底なれない。むしろ、私が問題にしたいのは続発するドーピングに対する「IBJJF」の対応である。

https://jiujitsutimes.com/the-ibjjf-has-announced-that-starting-on-june-1st-2023-they-will-no-longer-be-testing-their-competitors/

 私はこの記事で引用されているカーロス・グレイシーjrの発言に耳を疑った(注2)。

注2)本稿を書き終えた後で、このJIU-JITSU TIMESの記事が「エイプリルフールネタ」だと判明した。

 これが本当にエイプリルフールネタなら良いが、カーロスjrの発言はガセだったにしても、これを私も信じざるを得なかった「ブラジリアン柔術」を取り巻く現況はやはり大きな問題を抱えていると思うので、その点を踏まえて以下の記述をお読み頂きたい。

 偽カーロス曰く「私たちは当初、スポーツのプロフェッショナリズムのレベルを高めたいと考えていましたが、参加する選手のかなりの部分がパフォーマンス向上薬を使用していることに気付きました。賢い選手は、競技前にドーピングのサイクルをオフにして、検査をすり抜けています。それにも関わらず、(サイクルをオフにせず)たまたまドーピング検査に引っかかった選手を罰しなければならないのでしょうか?」。
 「ADCC はドーピング検査を実施していません。 Who's Number One や他のプログラップリングの団体もテストを行いません。 なぜ私たち(=IBJJF)がこの負担を負う必要があるのでしょうか?」
 そう、偽カーロスは「連盟」の大会で、ドーピング検査をする事自体に意味がないと言っているのである。
 その先にあるのは、「連盟」の大会の完全な「ステロイドフリー」化であろう。
 本稿では、①ステロイドだけでなく、②理解に苦しむルールセッティング(注2)③ベルトプロモーションを巡る疑問④安売りされる「世界王者」と言った点に大きな問題を抱える「連盟」のあり方に疑義を呈したい。個別にはこれまでも何度か同じような話を書いているので、重複する話もあるかと思うが、そこはご容赦願いたい。

注2)この点については、以前執筆した以下の記事を参照して頂きたい。

2 偽カーロスのコメントで理解に苦しむのは、「ADCCもWNOを始めとするプログラップリングの団体のドーピング検査をしないから、我々もしない」というロジックである。
 ドーピング検査に掛かる費用を惜しんでいるわけではあるまい。実際、ADCCやWNOに出ているプロの選手の多くが、連盟の世界大会で実績を残している事を考えると、「連盟の大会だけドーピングを禁止にして、プログラップリングで活躍する選手が検査を避けて試合に出場しなくなると、配信料を始めとする連盟の収益が下がるから、ドーピングをしていてもプログラップリングで活躍する選手には是非とも連盟の試合に出続けて欲しい」というメッセージだと思われる。

 「スポーツにおいてドーピングをする事がフェアか?」という点については以前も論じたのでここでは繰り返さない。むしろ、ステロイダーとノンステロイドの選手が同じマットの上で試合する事の危険性の方が問題だと私は考えている。
 私のインストラクターの先生の話である。これまである中部地区のブラジル人選手と何度も試合しておられるが、次のように語っている。
 「アダルトの無差別で全日本を獲った人と比べても、(その方より20キロ近く軽い)ブラジル人の選手の方が、異常に力が強い。力の出所が違うというか、同じ人間とは思えないので、武器がないと勝てる気がしない。試合すること自体、素手で猛獣に喧嘩を挑むようなものだ」と。
 私個人はステロイダーとハッキリ分かる人と試合した事がないので、先生の仰るようなステロイダーの怖さは体感としては分からないが、その先生が件のブラジル人選手と試合した時の動画を見ても、そのブラジル人が「普通じゃない」というのが分かる。締めが入って落ちるのを防ぐためにタップするのではなく、締めが入ってなくても痛いから怖くてタップされているのである。
 個人的には、先生には今後二度のそのブラジル人とは試合しないで欲しいと思っているが、ノンステロイドの選手がステロイダーに勝つのは技術ではほとんど不可能だと思われる。
 連盟がもしその主催する大会について「ステロイドフリー」にしたとしよう(ドーピング検査を無くして、黙認しても同じ結果になるはずだ)。10年後にはステロイドを使用しないで大会に出ようという人がいれば、周りから「何だお前まだステロイドやっていないのか?」と言われるような空気になるかもしれない。
 「ステロイド」の危険性については、医学的根拠を並べ立てるよりも、毎年のように有名な選手がそれの副作用で亡くなっている事を指摘すれば充分だと思う(注3)。ニュースにならない無名の選手も相当数亡くなっているという予測は容易に成り立つ。

注3)

 連盟の試合に出て勝つためにステロイドをやって早死にするか、ステロイドに手を出さず大怪我するか、という二択を迫られる状況が近づいている。アマチュアが生命を賭けなければならない試合に出る必要が本当にあるのだろうか。

3 ヒクソン・グレイシーは、連盟のトップである本物のカーロスjrと仲が悪いせいで、連盟の基準では「黒帯無段」である。「帯の上位者が下位者にベルトを付与する」という原則に従えば、ヒクソン門下の生徒は、例えば最高位の4段であるヘンリー・エイキンスやAXISの渡辺先生は茶帯に、その生徒は紫帯以下に(論理的には)なるはずである。
 カーロスとしては、講道館のように帯の発給を連盟が一元管理したいと考えているのだろう。
 だが、ヒクソン門下の生徒の方々のように黒帯として扱われない人々がいる一方で、ベルトプロモーションのあり方には次のような不可解な例もある。
 以前ウチの道場に通っていた会員さんで、1年と少し前に色帯を授与された方がいた。その方はMMAのバックボーンがあったので、単純な戦闘力を取ってみればそれなりに強かったと思う(私よりも強いだろう)。
 その後コロナを主な理由に退会され、自宅から近い全国規模のサークル系団体に移籍された。コロナを理由にほとんど練習が出来ず、試合にも全く出ておられないはずだが、なぜか先日サークルのトップの方から、次の帯を授与されていた。
 帯の昇格基準は、道場によって様々だと思うが、大別すると①試合での実績といった実力と②練習日数等の稽古量の二つを組み合わせて、策定されているのではないかと思う。
 公式試合の試合実績一本と言う道場もあるし、それが悪いと私は全く思っていないが(基準として明確で、試合に勝つという結果を出せば、他の会員に対して実力を可視化した形で証明できる)、上述したサークルのトップの方は、普段の彼の練習を見てもいない、試合で結果を出したわけでもないにも関わらず、一体全体何を根拠に次の帯を授与されたのか全く不明である。
 そして、その方が出された帯は連盟の試合では有効だから、ヒクソン門下で20年以上柔術に打ち込んでおられる人々と(そんな事態は現実には起こらないとしても)同じ帯で試合する事になるのである。
 要するに、連盟のベルトプロモーションシステムは講道館と違って全ての「ブラジリアン柔術」を稽古している人々を一元管理できていないし、個々人に対する帯の認定については道場主の一存に任されているので、必ずしも「同じ帯だから同じような実力で試合が出来る」という状況にはなっていない。
 「柔道の黒帯である事が確認された競技者、フリースタイルまたはグレコローマンレスリングの実績がある競技者、プロまたはアマチュアのMMAの試合出場経験がある競技者は、白帯として大会に参加することは認められない」というルールもあるが、これも厳密に守られているわけではない。
 酷い場合は、アダルトで勝てないから、20代でマスター1にエントリーして勝つ人の例もあるくらいだ。

3 連盟が主催する「ムンジアル」(柔術世界選手権)の場合、各国で行われる予選を勝ち抜いた者しか出場できないから、「ムンジアル」に出ただけでも凄い事だと思うが、「ワールドマスター」はその名に反して、誰でも金さえ払えば出場できる。 
 「ワールドマスター」がレベルが低いという意味では全くない。サウロ・ヒベイロやマルコ・バルボーザも出ているし、昨年はイゴール・グレイシーも出場していたので、そういう柔術レジェンドと試合したという経験は一生の財産になるだろう。
 また、ラスベガスまでの高額の旅費を考えると、素人が物見湯山で来ているとは考えにくく、当然地方レベルの「マスタークラス」とは試合のレベルも段違いに高いはずである。
 だから、そういうレベルの高い大会で昨年多くの日本人選手が優勝された事は素晴らしいと思う。
 だが、全ての参加者がそうとは限らない。私の聞いた話を書く。その人は「ワールドマスター」に出場する前に「ワールドマスターを獲ったら知事を表敬訪問する」と広言していたらしい。
 私より稽古していない人が「ワールドマスター」で勝てるはずがないと思っていたが、案の定一回戦であっさり負けていた。
 もし勝って知事を訪ねても、知事としても対処に困ったのではなかろうか。考えても見て欲しい。私が「ワールドマスター」にエントリーしたとしよう。「ワールドマスターの必勝を期して」地方公共団体の首長を表敬訪問しようとしたら、首長からは門前払いをされ、「ブラジリアン柔術」を真面目に練習している人から見れば物笑いの種にしかならないだろう。
 「ワールドマスター」と言うが、31歳から5歳毎に区切られ現在はマスター7(61歳以上)あり、それぞれルースターからウルトラヘビーにオープンクラスまで合わせると10階級もある。一大会で少なくとも計70人の世界王者が生まれるのである(当然、女性のカテゴリーを考えるとその数はもっと増える)。
 「世界王者」という肩書をそこまで大盤振る舞いする理由は、どう考えても連盟の拝金主義にしか求められないだろう。
 私は実際に「世界王者」の称号を得た方を称賛する気持ちがある反面、「世界王者」を安売りする連盟のあり方に疑問を感じないわけにはいかない。
 私個人は柔道経験者ではないので、増田俊也さんの本(『木村政彦 外伝』)の記述に依るが、柔道の「全日本選手権」に出るためには、県予選を勝ち抜き、地区ブロックの予選を勝ち抜き、それでようやく「全日本選手権」に出る資格が得られるそうである。
 階級にもよるだろうが、「全日本選手権」に出るだけで、10試合くらい勝たねばならない柔道と、金さえ払えば「世界選手権」出場者と名乗れる「ブラジリアン柔術」との間にはタイトルの重みに歴然とした差がある。
 だが、それでも先に挙げた人物のように「ブラジリアン柔術」をやっている人の中には、稀に世間一般の常識から外れて「日本のブラジリアン柔術村の中で俺は有名だから・・・本当に有名なのかは私は知らないが・・・、柔術村以外の人々も俺様の偉さを認めるべきだ」という倒錯した承認欲求を持っている人がいる。
 こういう誇大妄想に付き合わされる人々の迷惑も考えて欲しいモノだが、その原因の一端は連盟の大会の有り様も関係しているのである。

4 以上をまとめると、連盟は大会に参加する選手の安全などほとんど考慮していないし、「スポーツ柔術はどうあるべきか?」という点についての確固とした理念もない。
 これまでは「ブラジリアン柔術」が第1回UFCでホイスが活躍した事や、西海岸のサーフカルチャーと結びついて流行した事で世界的な広がりを見せたが、これが今後も続くとは私には思えない。
 連盟が短期的な利潤追求ではなく、①「ブラジリアン柔術」をどういうスポーツにしたいのか?という点についての理念を明確化し、それに即したルールセッティングをすること、そして、②仕事や家庭を持っている人が安心して試合に出られるようドーピングの問題をどうすべきか、について長期的視野に立って今きちんと方針を打ち出せないようであれば、私は「セルフディフェンス」の観点から連盟の大会には出ない方がいいと思う。
 もし連盟の大会が変わらなければ、「プロ野球」に対して「草野球」があるように、柔術ないしグラップリングの「草大会」がもっと開催されるようになり、「ブラジリアン柔術」を練習している人の誰もが気軽に試合が出来るようになればいいと考えている。そうでなければ、日本に「ブラジリアン柔術」は根付かないだろう。
 JIU-JITSU TIMESの記事がエイプリルフールネタであり続けて欲しいと心から願っている。
 

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