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パーケットリー
日本好きの台湾人オーナーが、床を磨いている。
よほどこの家を愛しているのか、ちょっとの不具合の報告でも、台北からサンフランシスコまで飛んでくる。
とうに問題は解決したのに、床を磨いている。
「乾季は特にこうやってワックスを塗るといい。」
ゆっくりと組み木の割れ目をなぞり指先に力を込めている。
「日本人は靴を脱いで家で過ごすから汚れないね。」
「この前、京都に行ったんだ、寺を訪ねてね。」
離れ難い人と別れたくないが為に出た時間稼ぎのような話に聞こえた。
70年前の手仕事は今でもわずかな狂いもない。
ビー玉を置いたらコロコロ転がりそうな傾斜は、時の重みとそこに満たされたものを吸い込んで共に背を曲げたようだ。
再び開く事のない閉ざされた空間。
そんなに大切ならそばにいればいいのに。
こんなに大切だからそばにいられないんだ。
雨上がりの蜘蛛の糸から小さな粒が記憶を回収するように集まり大きな雫となり落ちた。
「元気で、また来るから。」
誰に言ったのだろうか。
次の不具合の報告はいつがいいかな。
塞がれた大きな天窓の話はいつか聞けるかな。
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