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急募、使い魔さん


貼り紙というのは
なかなかに効果があるものだ、と
知ったのは、つい先日です。

庭の柘榴の幹にぺたりと
それを貼っておいたら

次々と、履歴書が
根元に置かれ、

わたしは、

おやおや、
誰にも見えないと思っていても
誰かには見えるものなのだな

と、感心したのです。


履歴書のひとつは
おおきな落ち葉で

確かになにか
書いてあるのですが

きらきら光る、
透明のインクなので
ほとんど読み取れません。

しかし、その、
眠そうにくねった筆跡は、
もしかしたら、
かたつむりかもしれません。

目をこらして
電灯の真下で読むと、

あなたが悲しくて眠い日は
殻のなかに入れてあげましょう。

と、書いてあるので
やっぱり、そうでしょう。

魔女にも、悲しい日がある、
と、知っているのは、
見どころがあります。



履歴書のもう一枚は
なにも植えてない土、でした。

そこに残された
ぽこぽことした足跡が
文字となり、饒舌に
《やる気》を伝えています。

サインがわりに置かれた髭が
ぴん、と艶やかです。

若い猫だな、と思い当たりました。

足跡文字辞典で解読してみたら

当方、黒猫ではありませんが
美しいしっぽと、光る目と
明晰な頭脳を持っています。

と、書かれていました。

相当のうぬぼれやのようです。

が、使い魔には
そんな側面も必要です。

へりくだってばかりでは
良いしごとはできません。


もう一枚は、
ぱりんと凍った、薄い氷に
書かれていました。

北風のちびすけ、と
ちいさな箒で掃いたような
異国風の文字で、
書かれていました。

ははん、
兄さんたちの
北へのツアーに、

寝坊でもしたのか、

或いは、体力が無く
ついていけなかった北風が

志願してきたな

と、わかりました。

使い魔は、基本、
イキモノですが、

でも、ときどき、
風や火も、わたしたちに
チカラを貸してくれることがあります。

強力な魔力が、
そのときは発生します。

浄らかな乙女に、
むくつけき男が襲いかかるとき

火が、男の背を焼き、
風が、乙女を森へ運ぶのは
世の道理です。

魔女が、そこへかかわれば
男のなかの《悪しき魔》は、
たちまちに、吹き消えてしまいます。

『北風は、時に権力へ味方すると
さまざまな歴史書には
書かれているけれど
こどもならば、大丈夫だろう。
元々は、荒野の実直さを持つ
清貧な生まれなのだから』

と、わたしは、考えました。

それに、北風を
使い魔として持てば

箒乗りが、いまだぎこちない
わたしには、百人力です。



🍂

面接日時を、
新しい紙に書き、
ふたたび、柘榴の幹に貼りました。

真夜中は、わたしが眠いので

《明日の夜の9時に、庭にて》

と、書きました。

スパイスケーキと
甘い薬草茶をご馳走する、

とも、書きました。

わたしは、久しぶりに
朗らかな気持ちで、
お茶会の用意をしました。

偏屈になった、と言われながら
一年、誰にも会わない日々を過ごし、

蓋をしていた悲しみに向き合い、

毎日、草のように生えてくる
心配をむしゃむしゃとむしり、

ようやく、また、

《ジブンのできること》

へ、こころを向けることが
できそうで、うれしかったのです。

🍂


夜、月は隠れていましたが、
しかし、10月の終わりにしては
あたたかな晩でした。

面接会場はこちらですか?

と、かたつむりと猫と北風が
いっぺんにやってきました。

年老いて、殻を透き通らせた
かたつむりと

少年期を終えようとしている
灰色の、しっぽだけが青い猫と

つむじを巻きながら、
くるくると無邪気に笑う
こどもの北風は、

共に、顔見知りのようでした。

お茶を淹れ、
ケーキをすすめると、

とてもうれしそうにして

『ひと、の、食べるものは
美味しいですから』と

ちくちく、もくもく、ほくほくと、
それぞれの口の大きさで食べました。


お茶会が終わると
わたしは、こほんとちいさく
咳払いしてから、

『あんたたちは、
このわたしの使い魔になっても良い、
と、思っているんだね。

悪いけれど、
年は食っていても新米だし、

それに大叔母に
大魔女がいる、なんていう
縁故も一切無いんだ。

イチから始めるんだよ。

庭を掘り起こし、薬草を植え、
花たちを咲かせ、蜜蜂を呼び、
野菜たちをぽっちり育てて
そうやって、暮らしながら
さまざまなことをやるんだ。

贅沢はできないよ』

かたつむりも、猫も
北風も、当然、というように
あっさりと、うなずきました。

『わたしたちは平気です。
それに、ひと、のいう、贅沢は
たかが知れてますからね』

と、かたつむりが笑い、

猫もまた、

『月のひかりを浴びるのも忘れて、
穴ぐらのようなところで、
酒を飲んでいたりしますからね』

と、笑いました。

北風は、きょとん、としていました。


🍂

その日から、
わたしのまいにちは
少し賑やかになりました。

灰色猫にミルクをやり、

かたつむりには垣根の一角に
湿った居心地の良い家をつくってやり

北風とは、箒乗りの練習を
ダンスのようにしています。


その一方で
わたしたちの
計画は進んでいます。


このちいさな村に
魔法学校行きのバス停留所を
誰にも気づかれず、召喚する

という難しいことを、

魔法学校から、
資料を取り寄せたり

村の古い木たちに
挨拶に行ったり、と

忙しくしながら
成功させたい、と
張り切っています。

かたつむりは
古い文書を
殻の奥から出してきて

過去に、魔法学校の
スクールバスを召喚した例を
いくつか書き出し、

灰色猫が光る目と
明晰な頭脳で詳細を調べ、

北風に偵察に
行かせたりしています。

(それは、イギリスにある
小さな町や、ハナマキという
日本の北の町などでした)


この計画が成功したら、
わたしたちは、庭の柘榴の幹に

《魔法学校、生徒募集》

と書いた紙をぺたり、と貼る予定です。


誰にも見えないと思っていても
誰かには見えて、きっとある日

『オハナシを詳しく聞かせてください』

と、誰かが、やってくるでしょう。


もしかしたら、《あなた》
かも、しれません。


fin


*********************


掌編集 ウィンターガーデンのこと

誰もいなくなった庭で、ときどき
植物たちと、こころで会話します。

それはとても、しづかな時間で
町のアパートに住む、わたしは
こどものころに流れていた
密やかでたっぷりとあった、
時間を思い出します。

庭は、思いがけず
詩のような、掌編のようなものを
わたしに書かせてくれます。

それはとても、うれしいこと、です。


sio


*****************


オハナシを、なぜ
ふと、書きたくなるのか。

それは、多分、
リアルワールドで毎日、
いろいろなことが起こり、

(自分自身にだけ、でなく
さまざまなひとに、
さまざまなところで
それらは、起こり)

楽しいことも
不安なことも
鬱、とすることも

一緒くたに
こころに入るから、

だと、思うのです。

おおきなことは、
ショック、となり
こころを、揺らし
長く、残ります。

が、なんでもない
平凡な、でも、優しい
寂しくも愛おしいことは

すぐに、こころの野の
草むらに隠れてしまいます。


でも、
オハナシを書こう、となると、

その草むらに隠れたことたち、こそが
時を超えて、きらきらと光って、

わたしに、語りかけてくれるのです。

お味噌汁の湯気
見知らぬひとの親切
楽しくて笑った空想
かぼちゃプリンのなめらかさ
金木犀の匂い
疲れた日の夕焼け
ジュリーに恋した夜の
思い出のザ・ベストテン
本屋さんや図書館の西日
赤いマフラーや青い傘
雨が降るまえの土の匂い

そんなもので、
こころが満たされる、のです。

(長い小説を書くときは
もうすこし、違うものがやってきて
ざわざわと得体の知れなかった、
しかし、確かに在たものを
見つめて書いたりします)

スポーツをしたり
ドライブをしたり
楽器を奏でたり
絵を描いたり
ケーキを焼いたり

そんな風に、わたしは
オハナシを書きます。

*********

魔女庭をつくろうと決めたら
巡り合った、魔女の庭ピック。
もうひとり、います。
妹とわたしに、魔女がひとりずつ


この魔女ピックを買ったころは
とても、心配ごとが多く
悲しみも、次から次へと
やってきていたのです。

庭も、荒れ果てていました。

一年が経ち、庭の魔女は
庭のハロウィンにも、主役で
参加(?)しています。

夜には、箒と一緒に。


この魔女たちを見ながら
妹がある日、

そろそろ一年経つから
使い魔が欲しいねえ。
巡り合わないかしら?

と言い、わたしは

どんな使い魔が来るかしら?

と、わくわくしました。


一年まえ、魔女ピックを買った
雑貨があるカフェへ行ってみると、

使い魔はいなかったのですが、

magic School行きの
バス停が、売られていました。

わわ、と、胸が震えました。

今年はこれが来た!と
妹と半分ずつ、お金を出して
買いました。


そんなこんなの他愛もない、

50代らしからぬ
こどもじみた《できごと》は

SNSに投稿はしても
リアルワールドの誰にも、
話したりしません。

すると、草むらから

わたしたちを忘れないで

と、光ってきて、

オハナシになる、のです。


🕯妹は、玄関に飾った
このバス停を見ていると

ジブンも魔法学校への
バスを待っているみたいだ

と、言っていました。


嗚呼、ほんとうに来たらなあ、
ふたりして乗るのに、

と、わたしは思ったのです。


🕯かたつむり🐌は、庭にたくさんいます。よく見かけるので、たくさんいるように思いますが、もしかしたら、2.3匹かもしれません。皆、年季の入った、古い殻を持っているので。

🕯イラストをギャラリーからお借りしました。すてきな黒猫さん、です。

しお






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