世の中金噺
(2893文字)
ほら、やっぱり世の中金じゃないですか。あんたも思うでしょ。こちとら汗水流して働いて、その日暮らしの銭稼いでるってえのに、あいつらぁエアコン効いた部屋で紅茶飲みながらパソコンのキーボードをタターンって叩きゃあ、そんだけでオイラの何倍何十倍のゼニが入ってくるんだぜ。やってらんねえよなあ。そもそもだよそもそも。ゼニってぇのは、モノと交換するもんだろ? あっしだって、こうやって一生懸命しゃべってあんたらに聞いてもらって、じゃあ時間潰せたから褒美でもやるか、ってえ人らからゼニいただいてるんだ。どうだいあんた、あっしの話にゼニ払う気ぃあるかい? あるんならよろしくたのんまさあ。あ、わりい、ちょっと話逸れたな。一生懸命しゃべってゼニもらってます、てえ話だったな。でね、それをあいつらときたらだよ、何も作ってねえし、一言も面白えこと喋んねえの。でもあっしより稼いでんだぜ。だいたいさ、何何を買ったから何円払う、とかさ、世の常識だろ? ゼニってぇのは、この世の中の何とでも交換できんだろ? ほら、『地獄の沙汰も金次第』ってぇ言うじゃねぇか。いつ誰が言ったんだか知らねぇが、こりゃああれだ、言っちまえば、『人の命も金で買える』てえことだ。 『天下のまわりもの』なんてことも言わあな。ありゃあさ、言ってみりゃあさ、人様の命が回ってきてますってえ話だ。ゼニこはさ、命なんだよ命、回って来たんだよ人の命が。ゲルグルぐるぐるとさ。いやいやそんな極端な、だって? じゃあもういっぺん考えてもみなさいよ。いいかい聞くよ? あんた普段何してゼニこさえてるんだい? あんたの仕事聞いてんだよ、し、ご、と。商いだよあ、き、な、い。なに定食屋営んでる? ほう美味そうじゃねえか。じゃああんたその店なんでやってるんだい? …あんた、どうやってその商いするようになったんだって話だよ。…親から継いだ。はーん、世の中仕事にありつけねぇやつもいるってぇのに、なかなかラッキーなことじゃねぇか。…や、や、冗談だよ冗談。そうら怒んなさんな。あんたの悪口言ったんじゃあねえんだよ。今どき親の脛齧って生きてけるなあ、政治家くらいなもんだ。それに比べりゃあ、自分で商売やって食い繋いでるほうがよっぽど偉えや。ところであんたよ、気ぃ悪くしねえで答えて欲しいんだけどよ、その店いつまで続けんだい? いつまでかって聞いてんだよ、少なくとも明日明後日辞めようかってえこたぁねぇんだろ? ほう、足腰立つ限り続けるのかい。そうだよなあちょっとばかり歳食ったところで、定年とかは言ってらんねえよなあ。いい心がけじゃあねぇか。したらばよ、ちょっと計算するぜ。算数だ算数。おめえはよ、朝早く起きて、その日の商品を仕込むんだろ?肉焼いて魚煮てじゃがいも炊いて、野菜切って味噌汁も作り込んどくのかい。そりゃああれだな、3時起きだな3時起き。そんで朝から晩まで、月曜から金曜まで、みっちり働くんだろ? 週末お休みのために日々働こうぜってなもんだ。…何? 週末の日曜はやすみじゃないって? 知ってるよそんなこたぁ。飯屋っつったら、週末祝日はかき入れどきなんだろ? 日曜休みは例えだ例え。言いてぇこたぁそんなんじぁあねぇんだよ。話戻すぜ。そんでよ、休みで店閉めるっても、あんたは休むわけにゃあいかねぇわな。食材を仕入れにゃならんし、やっすいの見つけにどっか遠いとこ行ったりすんだろ? そんで帰って来たら、また明日の仕込みだ。 …ん?なんか、話まだ逸れたまんまだな。ほんとに戻すぜ、計算だ計算。 いいか、人間ってえのはな、8時間くらいは睡眠ってえのが必要だ。そんでな、1日は24時間ってえのは、決まってんだろ。こりゃあ、老若男女、だれにとってもそうだ。人だけじゃあねえ、その辺の犬っころだっておんなじだ。どうだいあんた、これって長えと思うかい? 何短えって? まあ、そうだろうな。でもな、これは、こればっかりは、どうしようもねえ。どうしようもねえから、次行くぞ。そんでいいか、まずは、24引く8だ。何かってえと、睡眠時間以外の動ける時間ってやつだ。おう、16だな16時間。それでよさっきの話でよ、あんた定食屋の仕事1日何時間くれえやってるよ? 8時間ってえこたあねえだろ。店開けてる時間だけだってんなら、まあ、それくらいにならあな。でもまあ、やれ仕込みだ、やれ片付けだ、なんて並べてったら、12時間は下るめえ。じゃあ今度は、16引く12だな。4だよ4。えれえ少なくなっちまったなあ。…あんたよ、ゆうべは風呂は入ったかい? おお、そりゃそうだ入ったろうなあ。じゃあよ、メシ食ってクソはしたかい? 汚ねえ話してんじゃあねえんだよ生理現象だよ普通の。そうだよ普通はするわな。飯かきこんでよ、クソをぱーんと一発で出してもよ、なんやかんや1時間くらいは全部でかかっちまうだろ。そうすりゃあおめえ、4引く1で3だぜ3。もともと24まであったのによ、3になっちまったよ。つうことはだよ、あんたはさ、24のうちの21もかけて、日銭を稼いでるわけだよ。なに? お盆休みに正月休みもあるからもっと休めるだあ? じゃあそんときおめえ、何やってんだ? てえしたことしてねえんだろ? そういうのはな、休むことが大事なんじゃあねえんだぜ。休んで何をするかってえのが大事なんだ。ま、あっしも人のこと説教できるほど偉かないご…おっとまたまた話逸れちまった。この話し出したらそれこそ10年くらいかかっちまうわ。またまた話戻すぜ。 ま、盆暮正月なんざ、365のうちの10か20だろ? ほんのちょっとじゃねえか。そんなんにすがってるようじゃあ世も末だよ?
そんなこんなで、365のうちの355、24のうちの21、これがあんたがゼニと交換しているぶんの命ってわけだよ。いっとくぜ、それが死ぬまで続くってことなんだよ。いいか? 今日あんたらここに来てラッキーだぜ。この話聞いたらばよ、働くのバカらしくなったろ。家帰って寝て起きたら、紅茶でも飲みながらパソコンのキーボードをポチポチっとやってぜに稼ぐ人になりたくなって来たべ。じゃあよ、もう辞めちまえよ。大丈夫だよ、人間ちょっとやそっとじゃあ食いっぱぐれねえよ。あんたは不安かもしんねえが、世の中そうできてるんだよ。いいか、命をゼニこに帰るなんて馬鹿らしいや。そんならもう、とことんサポってやろうじゃねえか。
あーいいこと言ったな。今日もおめえらに世の中の真実ってやつをおしえてやったんだよ。
え? なに? おめえ自分はどうなんだって?
そりゃあおめえ…あれだよ、あれ。オイラはな、自分の金儲けのために喋ってんじゃあねえんだよ。聞いてくださる方々のために喋ってんだから、そこを勘違いされちゃあ困るぜ。
どうだ、あっしの話、なかなか役に立ったろ?
じゃあ、あんたが役にたったなあと思う分だけ、そこにゼニ入れて帰ってくれや。いいかあくまでも、あんたの気持ちであってあっしが話売ってるんじゃねえからな。気持ちの分だけ札入れてくれりゃあいいだけだから、そこんとこよろしく頼まあ。