石嶌 佳祐

石嶌 佳祐

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SS 旅人と壺売り

  世界の西の方にその旅人はいた。 気がつけば、いつも一人だった。 一人になりたかった。 人に会えば、気味悪がられた。表情が無いからだ。 嬉しくても、哀しくても、楽しくても、寂しくても上手く笑えなかった。 上手く泣けなかった。 だから、一人になりたくて旅人になった。 家に出る時、お母さんは泣いていた。旅人も悲しかった。 でも、やっぱり泣けなかった。 街を出る時、何人かは寂しそうにしてくれたように見えた。 旅人もさみしかった。 でも、やっぱり泣けなかった。    

    • ローズマリーが咲く頃に

       It’s 10:00 A.M.  昨夜の豪雨も去り、梅雨明けを待てない蝉達の声が賑わいを見せている。  鼻を刺すペトリコールが、少しばかり郷愁を感じさせるそんな朝だ。   「おはようございます」  彼女はいつも通りに出勤し、いつも通りに仕事を始めた。  自席につこうとする後ろ姿は背筋が伸びていて、ショートカットの髪がリズムよく揺れる。彼女の生真面目さが、そういった所作にさえ顕れている。    彼女と出会ったのは、この春のことだ。年度が変わりの折にお互い転勤となり、挨拶の

      • 片翅の蝶は、泥の中で息をする

         今や当たり前になったSNSを一昔の人間が知るとすれば、 一体どのように感じたのだろうか。そんな破廉恥な、と否定したのだろうか。  私自身、どこの誰かも分からない、貌も聲も知らない人々に自分の脳内から零れ落ちる文章を披露する。それは、初恋の人に宛てた恋文を誰かに覗き見られたような心地がして、些か気恥ずかしい気もする。  それでも、私にとってこうして書くことは自分が此処にあることを証明するための手段の一つで、唯一、自分を視認できる方法だ。  文章自体が拙くても、それを手放すこ

      SS 旅人と壺売り