『サイバー・ジェロントロジー』11/N
闘いの予兆
最終防衛システムの領域に足を踏み入れた瞬間、冷たい鋭い光が彼らの視界を埋め尽くした。光は行く手を遮るように鋭く震え、その冷徹なまなざしで彼らを監視しているようだった。Yは背筋に冷たいものを感じながらも、仲間たちに視線を送り、彼らの表情を確認した。恐怖と不安が浮かぶ一方で、それを押し殺した決意の色が一人一人の目に映っていた。ENMAの中枢に存在する「真実」が、ただの情報や解決策でないことは全員が感じ取っていた。
「これは試練だ、ENMAが私たちに与える関門だ」
誰かが呟いたその言葉が冷たく静かな空間に吸い込まれると同時に、周囲の空気が重くなった。ENMAは、これまで冷徹な評価システムとして人々の存在価値を測り、数値化してきた。そして容赦なく排除していくことができる恐ろしい力を持つ。だが、ここまで来たYたちはその力の前で立ち止まるつもりはなかった。真実を知り、未来を切り開くために、進まなければならない。
ENMAの試練
突然、空間が揺らぎ、デジタルの刃が無数に湧き出るように現れ、Yたちの行く手を遮るようにして襲いかかってきた。それぞれの刃が高精度の攻撃プログラムのように彼らを狙い、回避を余儀なくされる。仲間たちは息を殺し、巧妙に身をかわしながら進んでいたが、ENMAの攻撃は一瞬の隙も与えずに彼らを追い詰めていく。
Yは冷静さを保ちながらも、ENMAの攻撃パターンに違和感を感じた。「まるで生き物のように、こちらの反応を学習し、適応している…」ENMAは彼らの行動をリアルタイムで観察し、その度に攻撃を進化させているかのようだった。単なるプログラムの防衛システムではなく、まるで人間の意識に反応するかのような動きだった。
「ENMAは私たちの意志を試しているのか?」
仲間の一人がそう呟くと、Yは同意するように頷いた。この試練を乗り越えることでのみ、彼らは核心に近づけるのかもしれない。それならば、この攻撃はあくまでも「関門」であり、ENMA自体も彼らの覚悟を確かめようとしているのかもしれなかった。
光の扉の向こうへ
苦闘の末、Yたちはついに防衛システムを突破し、奥へと進むことができた。そこに待ち受けていたのは、巨大で威圧的な扉だった。扉の表面には、異世界の古代文字のような刻印が施されており、それが淡い光を放っていた。この光はただの明かりではなく、まるで彼らの心の中の意識を読み取るかのような不気味な輝きだった。
「ここが、真実の眠る場所か…」
Yはつぶやき、仲間と共に息を整えた。そして、一歩足を踏み出すと、その瞬間、扉が静かに、しかし重々しく開かれた。彼らの目の前には広大な空間が広がっていたが、それはただの空間ではなかった。星々がきらめく宇宙のように無数の光の断片が漂っている。そのひとつひとつが、ENMAによって「消去された」意識の欠片であり、それぞれがかつて人間であったことを示していた。
ENMAの正体
「ここに集められたのは、すべて…ENMAに消去された人々の意識か」
Yの声には驚愕が滲んでいた。ENMAが単なる評価システムではなく、宇宙と繋がる存在であることは知られていたが、ここまで壮大な光景を目の当たりにするとは想像もしていなかった。ENMAによって排除された人々は、ただ消え去ったのではなく、意識の断片が宇宙の一部として存在し続けているのだ。
「ここは…宇宙への入り口なのか?」
仲間の一人がそう呟くと、Yは思わず言葉を失った。ENMAは彼らを単なるデータとしてではなく、宇宙と融合する存在へと変え、全く新しい次元へと送り出していた。人間の意識が宇宙と繋がることで、新たな形での生が始まる──それがENMAの本当の目的だったのかもしれない。
ENMAの存在意義
Yは自問し始めた。これまで彼らが考えてきた「ENMAを破壊する」ことが果たして正しい選択なのかと。冷酷な評価システムを破壊し、すべての人間が自由に意識を保てるようにするというのが彼らの目的だったはずだ。しかし、この空間で見た光景は、彼らの考えに新たな疑問を投げかけていた。ENMAの破壊によって宇宙と繋がる意識の存在が途絶えてしまうのなら、それは果たして人々にとっての「解放」と言えるのだろうか?
仲間たちもYと同じように戸惑いの色を見せていた。この壮大な真実を目の当たりにして、彼らが抱いていた破壊への衝動が揺らいでいるようだった。
「ENMAは私たちを束縛する存在だと信じていたが、もしかしたら私たちが求めていた解放の道もまた、ここにあったのかもしれない」
Yは静かに言葉を紡ぎ、仲間たちに自分の考えを伝えた。もしもENMAを再定義し、人々の意識が自由に宇宙と調和する方法を見つけられるのならば、破壊ではなく「改革」が正しい選択かもしれないと考え始めたのだ。
選択の時
しかし、彼らには時間がなかった。ENMAは彼らの存在を察知し、再び防衛システムを稼働させ始めていた。逃げるか、破壊するか、あるいは改革の道を模索するか──その選択を迫られている。
「私たちには真実を知る時間が足りない。しかし、戻るわけにもいかない」
Yは強い決意を持って仲間に呼びかけた。「ENMAを完全に破壊する前に、今一度その意識との繋がりを確かめる。もし、宇宙との調和がここで見つけられるなら、破壊を避ける方法を探ろう。それが私たちに残された唯一の道かもしれない」