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『サイバー・ジェロントロジー』8/N
前回のあらすじ
幼少期、Xにとって祖父は知恵と安心の象徴であり、「年を取ることは豊かさ」と教えられ、それを信じていた。しかし、祖父が認知症を患い、次第に家族や社会から疎まれ孤独に陥る姿を目の当たりにしたXは深い悲しみを抱え、「人が年老いても尊厳を保ち、社会とのつながりを持ち続けられる世界」を夢見るようになる。そして彼は、現実社会では疎外されがちな高齢者がデジタル空間で価値を失わずに生き続けられる理想郷「メタバース・ユニバース」を構想する。しかしその理想を維持するため、Xは「価値」を数値化し管理する冷徹なENMAシステムを導入する道を選び、かつて祖父が語った「老いの豊かさ」とは違う、制御された世界を作り上げてしまうのだった。
Yは小西から入手したコードを元にENMAへの侵入を試みる。
「ENMA攻略戦:デジタル迷宮への潜入」
Yたちは、小西から受け取ったコードを頼りに、ENMA内部への侵入作戦を開始した。しかし、ENMAのセキュリティは彼らが想像していた以上に頑丈で、まるで難攻不落の要塞のように彼らの行く手を阻んでいた。
ENMAの構造は、幾重にも重ねられた防壁と、絶えず巡回するセキュリティAIによって守られている。監視システムは常に内部のアクセス状況をチェックしており、少しでも異常が発生すれば瞬時に侵入者を特定・排除するようにプログラムされていた。ENMA内に入るためには、まずこの「外壁」の層をどうにかして突破しなければならないが、公式のアクセスルートは即座に監視の対象となるため、直接使うことは不可能だった。
「普通に侵入を試みても、瞬時にENMAに弾かれる。だからフェイクルートを複数用意して、ENMAの監視をかく乱する必要がある」
Yは仲間たちにそう説明すると、周到に準備してきた「フェイクルート」計画を実行に移した。これは、ENMAの監視AIを「ダミー信号」で惑わせる作戦だった。ENMAのセキュリティは非常に敏感で、わずかな異変でも警報を鳴らすが、逆に情報量が多すぎると判断が遅れるという弱点があった。Yたちはこの特性を利用し、複数の信号が同時に異なるルートからアクセスする状況を作り出し、ENMAの判断能力を混乱させることを狙った。
まず、Yはメインルートと似た構造のダミールートを設計した。見た目はENMAの公式ルートと区別がつかないよう偽装されており、ENMAのシステムには本物のアクセスのように映る。そこに大量の無意味なデータを送り込み、ENMAが「異常」と判断して検知に集中するよう仕向けた。このフェイクルートの中では、アクセスに見せかけた無数のデータのパルスが定期的に送り込まれ、そのパターンはENMAの分析を混乱させるために複雑に変化していた。
「最初の陽動信号を送るぞ」
Yが合図を送ると、ダミー信号が一斉に送り出され、ENMAの監視AIが警戒モードに移行した。しかし、ENMAはすぐにフェイクの可能性を疑い始め、AIによる解析が進むにつれて、少しずつダミールートの異常を解析し始めた。だが、Yはそれさえも見越していた。続いて、仲間の一人が第2のフェイクルートを起動させ、ENMAの別の方向からさらに異常信号を送り込んだ。これにより、ENMAは複数のアクセス異常に対応するために監視システムを分散させざるを得なくなり、その間にYたちは別ルートからの侵入を試みた。
「ENMAの警戒が散っている。今だ!」
Yは、サイドルートの一つに仲間たちと共に進入を開始した。このルートはENMAのアクセス網の中でも影の薄いルートであり、監視の手が届きにくい。しかし、それでもENMAは巧妙に監視網を張り巡らせており、サイドルートに入った瞬間にもわずかな「振動」を検知していた。ENMAは即座にその異変を察知し、警報を上げる準備を整えたが、Yは事前に仕掛けていた「幽霊信号」を活用して、この異変を自然なデータエラーと錯覚させた。
幽霊信号は、ENMAのパケット分析を欺くために設計されたもので、通常のデータ通信の波形に微細なノイズを加えたように見せる。ENMAのセキュリティシステムは、異常を疑う前に「誤作動」だと判断し、再分析に時間をかけ始めた。このわずかな隙を突き、Yたちはサイドルートを慎重に進んでいった。
一歩ずつ進むごとに、ENMAの監視網がじわじわと迫ってきているのが感じられた。Yたちは息を潜め、わずかな振動さえも抑えながら進行した。そのたびにENMAのセンサーがかすかな異変を検知しているようで、彼らの背後には幾つもの監視パルスが追いかけてくる。だが、Yたちはフェイクルートの効果が持続しているうちに、どうにか「迷宮」と呼ばれるENMA内部の複雑なデータ経路にたどり着くことができた。