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『サイバー・ジェロントロジー』5/N

前回のあらすじ

ENMAシステム稼働から半年後、外部からの不正アクセスが発覚。調査の結果、メタバース内に移行させられた高齢者たちの集合知がシステムへ干渉し、ENMAの評価基準に反発していることが判明する。彼らは、評価基準に不満を抱き、尊厳を守るためにシステム内でデジタル・レジスタンスを結成。リーダーとなったYは、個人の価値を年齢や生産性で判断するENMAに異を唱え、多様性と人間性を重視する社会を目指す。一方で極右的政策を推進する総理大臣Xと対立し、両者の争いはメタバースから現実世界へ波及。現実でもデモが起き、世代間の連帯が生まれ始める中、XはYをメタバースから抹殺するよう命じる。

Xの右腕の高川響

Xの命令は短く冷酷だった。ENMA内で反乱を扇動するYという存在が、国家の安定に対する深刻な脅威とみなされたのだ。高川は即座にYのデータコードを追跡し、メタバースの仮想空間で彼女を見つけ出す計画を練り始めた。抹殺の方法は一つだけ。「削除」だ。Yの意識を永遠に消去することが最終目標だった。

メタバース内での「殺害」は、現実とは異なる。物理的な攻撃や戦闘ではなく、意識に対する徹底的なデジタル分断を行い、存在そのものを「不可視化」するプロセスを経る。高川は、ENMAの運営システムに深くアクセスし、Yのデータへの攻撃コードを準備し始めた。

Yの逃走

しかし、Yも予想通り容易には捕まらなかった。ENMA内の支配権を徐々に掌握しつつあった彼女は、同士と共に内部のシステムを書き換え、意図的に高川の追跡を攪乱する策を打っていた。メタバース内の都市の大通りを逃げながら、Yは無数の分岐点で意識を分散させ、高川の目から完全に消えるように仕掛けを施していった。

高川もまた、Xの命を遂行するため執拗にYを追い続けた。しかし、彼がすべてのメタバースのルートを制御しようとするたびに、Yが先回りしてシステムを変更し、追跡を避けていくのだった。まるで猫と鼠の追走劇が仮想空間全域で繰り広げられるかのようだった。

ある時、高川はYがデータコードの隙間に意識を潜めたことを察知し、そこを狙って一気に攻撃を加えた。しかし、彼が思い切ってコードを侵入させた瞬間、突然システム全体が凍りつき、高川の操作が無効化された。高川の焦りは増していった。

Yの逆転劇

それはYの仕掛けた罠だった。Yは、すでに自らと同士がコントロールできる範囲までENMAの管理コードを書き換えていたのだ。彼女の支持者たちは、連携して高川のデータをENMA内の深層に引きずり込み、そこで高川を「抹殺」しようと計画していた。

「あなたもENMAの評価基準に従って裁かれる時が来たのです」

そう言って、Yのデジタル化された声が冷徹に響いた。高川は激しい動揺に襲われた。追跡者だったはずの彼が、今度は追跡される側になり、完全にデータごと包囲されてしまったのだ。彼はシステムからの脱出を試みたが、すでに閉じ込められていた。

裁きと最後

ENMAの評価システムに乗せられた高川のデータは、いくつかの簡潔な判定基準により評価を受け始めた。メタバース側の人間がENMAを操り、高川を「40点」と評価したのだ。この点数は、即座に「削除」の対象となる点数だった。

「ここで終わりです、高川さん。あなたが私にしようとしたことを、今度はこちらがさせてもらいます」

そして高川のデータは、再起不能となるよう全て分解されてしまった。Yの反乱と彼女を支える人々によって、ENMA内の支配構造は確実に変わり始めていた。

高川がENMAによって裁かれ、消去されたという報告は、瞬く間にXの元にも内密に届いた。しかし、Xはまるでそれを予期していたかのように、冷静な表情を崩さなかった。
彼にとって、Yの反乱を抑え込むことが真の目的ではなかったのだ。高川が追跡と抹殺任務を遂行している間も、Xの狙いはただ一つ。

Xの目にはメタバースの中で構築される新たな未来が映っていた。

「時間さえ稼げればいい。それがすべてだ」

冷徹な独り言が彼の部屋に響き渡る。そしてXは、計画の次の段階へと移行するために再び目を光らせた。

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