見出し画像

仕事の選びかた〜小林えみさんの講演会で考えたこと 後編

この講演会で最も印象に残ったのは、前回書いた、小林さんの仕事観だった。仕事は生活のためにするもので、うまく稼げる分野で働けばいいのであって、必ずしも好きなことを仕事にする必要はない。そんな彼女の仕事観は、私自身のそれととても近いし、おそらく働いている人の多くが、彼女の仕事観に共感するのではないかと思う。

実は私は先日、ある新人ピアニストのコンサートを聴きに行った。
コンサートは割合盛況だった。そこでは、ショパンやリストの曲が演奏された。ラ・カンパネラなどを改めて聞くと、なんて(演奏するのが)難しい曲なんだろうと思った。そのコンサートでは他に、ショパンの難曲も披露されていて、数年前にピアノ練習を再開した私は、いつまで経ってもあんな曲は弾けるようにならないんじゃないかと思った。
そういう曲を、彼女はいとも容易く弾いて、しかも聞かせるのだ。彼女はむろん、難しい技を見せたいから、その曲を選んだわけではない。観客に聞かせたいから選んだのだ。プロというものはそういうものだ。普通の人にとって難しいことを、いとも簡単にやってのける。

しかし彼女が果たしてコンサートピアニストとして、今後生き残っていけるかは未知数だ。極めて厳しい世界だからだ。才能も、運もものを言う。そして次から次へと才能ある新人が出てくる。
これは別に音楽業界に限った話ではない。小説家などの世界においても同様だと聞く。新人賞を受賞したところで、それで生計が立つような小説家は例外中の例外だ。おそらくピアノの世界におけるショパンコンクールのような位置付けの、芥川賞を受賞したところで、生計が立たないケースもあるだろう。だから、好きなことを仕事にしようとすることは、時として残酷なことだ。

小林さんは職業について、ドラえもんののび太くんの例を出して説明していた。のび太くんは、あやとりの名人なのだそうである。しかしあやとりは職業として成立しにくい。
将棋の世界でも、藤井聡太さんのような天才であれば、それを職業とすることは自然だ。しかし、奨励会に入るか入らないかというようなレベルの子の場合だと難しい。しばらく気が済むまで挑戦させるしかない、という例も示していた。
野球やサッカーなど、スポーツの世界などにおいても同様だろう。プロに入るような子はとてつもなく上手いが、たとえプロチームに入れたとしても、プロの世界で通用するかどうかは別の問題だ。
そう考えると、プロというのはどんな世界でもすごいし、一方で、プロの中にもランクがあるのも事実だ。世界は広く、たいていのことにおいて、上には上がいるものだ。
小林さんは、子供たちには、好きなことを仕事にしなくていいんだよ、と教えてあげたいと言っていた。それは現実的な知恵だと思う。

講演会では他にも、書店員に必要なスキル(選書能力。お客様に合わせた本を選ぶことができ、予算に合わせた本を仕入れることのできる経営能力が必要であるらしい)、小売業を営むのに必要なこと(マーケティングや経理の知識が必要で、なければ勉強する必要がある)、出版社をやるに当たって必要な知識(DTPや紙の知識など)、といった内容についても、具体的な例を示しながら説明されていて、極めてわかりやすかった。コストをうまく節約する方法(表示の紙に、帯やしおりなどを一緒に印刷する、など)についても興味深く聞いた。
仕事は、自分が比較的苦がなく努力できることを選んだほうがいいし、小林さんご自身にとってはそれが出版だった、とのこと。努力しないで続けられる仕事なんかない、と私は思うので、それについても同感だ。

講演会では、図書館は出版社の敵か? 若者は本を読まなくなっているのか? などといった興味深い内容についても触れられていた。
そして、仕事以外で本と関わる方法についても示された。ZINE(というもの自体、私はここで初めて聞いたが)を利用する、古本を自分で売る、読書会に参加する、などの例が提示された。

質疑応答のコーナーで、遠慮がちなはずの日本人から質問がたくさん出たのは、そもそもの話が面白かったことに加えて、参加者の感心が高かったことの表れだろうと思う。質問が立て続けになされて、もともとの予定より、時間が少し延びたほどだった。
内容盛りだくさんで、極めて楽しい講演会だった。参加できてよかったと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?