松本好二vs平仲信敏 1994年1月25日『後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング』Vo.l.23
基本的に、後楽園ホールで直に目撃した試合だけを取り上げる本シリーズ。その意味では今回は番外編。というのも、この試合は仕事の都合で生観戦できていない。
深夜の中継を録画し、翌日観たのだが、あまりの面白さに、生観戦できなかったのを心底悔いた。その後も何度見返したかわからない。あまりにも観すぎため「自分はこの試合は生で観たんじゃなかったっけ?」と時々記憶違いしそうになるほどだ。
この試合は90年代の名勝負リストからどうしたって外すことができないと、個人的には思う。神藤vs岡田の伝説の激闘からわずか一週間ほど。今でも語り草となる一戦と比べても、熱戦度で劣るものではないし、どちらが勝つか最後までわからないという勝負の面白さでは、もしかしたら松本vs平仲の方が上ではなかろうか。
神藤vs岡田が、スポーツの範疇を超えた魂のぶつかり合いを見せてくれたとするなら、松本vs平仲は、スポーツとしてのボクシングの面白さをとことん凝縮して見せてくれた。その割には、この一戦はそこまで名勝負として認知されていないようにも思える。もしも、この拙文で興味を持っていただけたなら、ぜひ動画を観てみてほしい。神藤vs岡田に劣らぬ一戦であると、きっと納得していただけるはずだ。
まずは、両者の紹介をしたい。この試合は、日本フェザー級タイトルマッチ。王者は、松本好二。現在は大橋ジムのトレーナーを務める、いまや現·日本フェザー級王者、松本圭佑の父といった方がわかりやすいのかもしれない。この時点での戦績は 15勝3敗1分(7KO)、この試合が、王座返り咲きを果たして5度目の防衛戦となる。ヨネクラジム所属、24才。
対する平仲信敏は、元世界ジュニア·ウェルター級王者、平仲明信の実弟。この時点での戦績は、12勝無敗(8KO)。筑豊ジム所属、25才。
それでは、今回も、動画を観た印象から試合を再構成してみたい。
初回。お互いにサウスポーの両者。松本はサークリングしながらジャブを飛ばす。二発目くらいに出したジャブがタイミングよく当たり、平仲が少しよろめく。松本は早速距離をつめるが、今度は平仲のパンチが軽くヒット。松本は再び距離をとる。それもつかの間、松本はガードを固めつつ、するすると平仲に近づき、今度は右フックをヒット。松本はスピードもあり、調子もよさそうだ。その後もいきなりの左ストレートをヒットさせるなど、序盤をリードしていく。対する平仲には若干の硬さがみえる。流れが変わるのは1分半過ぎ。平仲の右フックが松本の顔面をとらえる。好機とみてラッシュする平仲。松本は平仲にしがみつくようにして前進してしのごうとするが、足がもつれてマットに崩れる。裁定はスリップ。しかし、松本はダメージがありありだ。足元が定まらない松本に、平仲がラッシュ。一気に決めにかかる。しかし、打ち気にはやる平仲に、今度は松本の左ストレートがカウンターになりヒット。気にせず前に出てきた平仲に、再び左ストレート。さすがに平仲の追撃の手が止まった。と同時に、平仲は右の目じりをカット。かなりの流血だ。ドクターのチェックが入る。再開後は、いくぶん復活した松本が足を使い、アウトボクシング。終了間際にお返しの右フックをカウンター気味にヒットさせて終了。初回からなんとも激しいシーソーゲームだ。両者、いい場面をみせたが、より深いダメージを与えた平仲のラウンドだろう。
2回。松本はボディへのパンチを増やし始める。平仲は体を振りながら前進を強める。距離は初回に比べれば近くなっている。松本がプレッシャーを感じているのがわかる。1分半すぎ、松本の左から右フックの返しがヒット。一瞬、平仲の体がかたまる。松本は一気に平仲をコーナーにつめてラッシュ。上下にちらす巧みなコンビネーションがよくヒットしている。特に平仲のパンチをダックし、すかさず右のボディブローを突きさす様が見事だ。平仲はクリンチでなんとか急場をしのぐ。再開後も、松本は左ストレートをクリーンヒットさせるなど、着実にダメージを植え付けていく。明白に松本のラウンド。
3回。「昔の松本なら1ラウンドの攻撃でそのままズルズルいっちゃうんですけど、精神的にほんとに強くなりましたよね」と話すのは、このラウンド開始時の元ジムメイト、大橋秀行。松本は多少、余裕を取り戻したか、離れて、平仲の打ち終わりを狙っている。ひとつ当たると、体を寄せて、インサイドから左右のフックを繰り出す。離れては分の悪い平仲は、プレスをかけて距離をつめようとするが、松本のスピードに阻まれて、いまひとつ詰め切れない。しかし、2分過ぎに松本がインサイドからパンチを繰り出すタイミングで、平仲がほぼ同時にパンチを打つと、それがヒット。やはりパンチ力では平仲だ。一瞬、形成が逆転しかかるが、ここで松本は逆に前に出てパンチをふるい、平仲を下がらせる。最後はもみ合うような体勢が続く中でゴング。全体的には松本のラウンドか。
4回。開始当初の硬さがほぐれてきたか、それとも松本のパンチの軌道になれてきたのか、平仲が松本のパンチをダックでかわし始める。そして、すかさず圧力を強める。距離がつまったところでパンチをまとめる平仲。攻めにも迫力が増してきた。松本はコーナーまで押し込まれる。松本は防戦一方となるも、左のカウンターを差し込む。しかし、平仲の勢いはとまらない。ここで松本は頭をつけてのインファイトを選択。体をあずけるように前進して、平仲のパンチを殺しながら、インサイドからショートのコンビネーションをまとめようとする。平仲の攻撃の流れを寸断する効果はありそうだ。もみあいからブレイクがかかったあとは、再び戦いは中間距離へ。この距離では松本の技術が局面を支配する。ショートの右フックなどがよくあたる。どちらにもとれるラウンドだが、終盤に盛り返した松本のラウンドか。
5回。松本は平仲を軸にサークリング。中間距離を保つ構え。自分からは仕掛けず待ちの様子。ジャブのスピードはしかし落ちていて、少し疲れを感じさせる。平仲は体をゆすりながら内に入るタイミングをうかがう。時折、距離が近くなると頭が当たり、松本が嫌がる素振りをみせることも。解説の大橋が「松本はここで集中を切らしてはいけない」と一言。1分過ぎに平仲の右フックがクリーンヒット。勢いづいた平仲が攻勢に出て、松本を追い立てる。平仲のフィジカルの強さが徐々に松本を圧倒しはじめる。松本は動きのスピードががっくりと落ちた。平仲のラウンド。
6回。前半5ラウンド、ポイントは若干松本の方が有利かもしれないが、流れというか、勢いは完全に平仲に移りつつある。ゴングと同時に、前進して積極的に打ちに出るのは平仲。コンパクトなコンビネーションをつなげていく。スピードの落ちてきた松本はいかにも苦しい。1分すぎ、松本のボディブローが低かったか、平仲は股間を押さえて苦悶の表情。しかし、ストップがかからないので、松本はそのまま無防備になった平仲の顔面にパンチを打ち込んでいく。レフリーのストップがかかったあとも、松本は打ちかかるのをやめない。騒然とする場内。再開後は、頭をつける距離での打ち合いが続く。スピードの失われている松本には逆にこの距離がよいらしく、久々に左ストレートでクリーンヒットも奪っている。松本はそのまま平仲のボディも攻めていく。いくつかのパンチはやや低いようで、場内では「低いよ!」「ローブロー」という声が飛び交っている。終了15秒前、松本の放った右ボディがローブロー判定され、ついに松本に1点減点が宣告される。これは大きなポイントだ。ゴング後にも微妙なタイミングではあるが、松本は加撃をして、場内からは非難の声があがる。ペースを失った松本に焦りが感じられる。平仲のラウンド。
7回。減点の影響か、会場のムードは平仲寄りに思える。松本はしかし、さらに平仲のボディを攻める。平仲はロープに詰まりつつ、顔をしかめながらローブローをアピール。レフリーはしかしここは無反応。その後も松本がボディを繰り出すたびに、コーナーからは「ローブロー!」の声がとぶ。画面からは明らかなローブローは確認できないが…。しかし、1分すぎに松本が繰り出したパンチは明らかに低く、森田レフリーは試合をストップ。松本に再び減点を宣告する。再開後も両者は接近戦を展開。ボディを叩き合う。お互いに相手を下がらせたいが互いに引かずにもみあいになる場面も。減点の分、平仲のラウンド。
8回。僕の採点では、ついに平仲がポイントでリード。ローブローをとられた影響か、松本は中間距離での攻防を選択。これが功を奏したか、1分すぎに松本が放った左ストレートが久々にクリーンヒット。平仲が大きくのけぞる。中間距離では松本にやはり分があるかと思われたが、平仲も細かいコンビネーションを放って、松本をたじろがせる。一進一退の展開だ。ラウンド半ばからは一転して、もみあいのシーンが多くなる。しかし、これは松本の方からしがみついていっているようにみえる。ほぼ互角のラウンドだったが、いい左ストレートを入れた松本のラウンドとしたい。
9回。試合は、僕の採点上ではイーブンに。展開的には、ラスト2ラウンドを押さえた方が勝者だ。平仲がまず積極的にしかける。ここにきて、しっかりジャブを突き始める。動きもエネルギッシュでスタミナも十分そうだ。松本は体を寄せて、平仲の攻撃を分断し、ショートのパンチを突き上げる。しかし、勢い的には平仲。強引に体ごとぶつかるように前進する平仲を、松本は止めきれない。互いにクリーンヒットは少なく、もみ合いの場面も多いが、松本の方により消耗がみえる。このラウンドは特に差がなく、解説の沼田、大橋両氏ともにイーブンとしている。攻勢をとっているのは平仲、クリーンヒットの数では松本が少し上回るだろうか。
最終回。両者はリング中央で両手でグローブタッチ。そして、平仲がこのラウンド最初に繰り出したコンビネーションだった。ジャブ2発からの左ストレート。この左がきれいに松本にヒット。松本は弾かれたように後方にダウン!解説の大橋は元同僚が喫したこの痛いダウンに「あー、油断しましたね」と絞り出すように一言。たしかに、何としても最終回を押さえるべく、打ち気満々の姿勢だった平仲に対して、松本は疲れもあったか、エアポケットに入ったごとく警戒心が薄く感じられた。しかし、ここは平仲の集中力をほめるべきだろう。松本はダメージがありありの様子。平仲は一気に攻め落とすべくラッシュ。松本はガードを固めて後退するが、パンチを返すことができない。平仲はここからほぼ30秒に渡りノンストップのラッシュを続ける。松本はロープに詰められてブロックを固めるのみ。ここで平仲が上下にコンビネーションを散らしていれば、一気にストップを呼び込めたかもしれない。しかし、9割がたが顔面に集中しているので、松本はなんとか持ちこたえている。
その後もクリンチでようやく平仲の攻撃は一旦は途切れるも、再開後は平仲がふたたびラッシュ。最終回にきてこの手数は驚異的だ。ラウンド中盤以降は、さすがに打ち疲れが出たか、もみあう場面が多くなる。松本は平仲以上に消耗している。残り一分を切って、両者は消耗が深い中、それでも手を出し合う。解説の沼田氏は「松本は気力で立っている」と。たしかに、普通ならダウンを喫した後の平仲のラッシュで、松本はストップされていて不思議はなかった。それでも松本はここに来て、力のあるパンチをふるい始めた。最後の5秒間も、パンチを出し続けたのは松本の方だった。
ボクシングの面白さを凝縮したようなラウンドだった。平仲は最後にダウンを奪い、決定的なポイントをあげてみせた。
試合終了のゴングとともに、青コーナーから兄·明信がリングに飛び込み、信敏を抱きあげる。勝利を確信しているようだ。
間もなく、リングアナがスコアのアナウンスもなく、あっさりと『勝者、平仲』とコール(当時は、このパターンも多かった記憶)。実際のスコアは、98-91、99-93、97-93。大差判定という形だが、スコア以上の接戦だった。
いま、動画を見直しても、この日の平仲の出来はすばらしい。最後まで落ちないスタミナ、集中力。闘志を前面に出しつつも、パンチはあくまでコンパクト。松本も総合的にレベルの高いボクサーなのは間違いないが、この日の平仲はすべての面で松本を凌駕してみせた。
なによりこの一戦に賭ける気迫の凄まじさは、例えば、井上拓真戦での堤聖也を思わせる。
この試合が、間違いなく平仲信敏のベストバウトだろう。
結局、世界タイトルには届かなかったが、それでも平仲信敏がいかに傑出したボクサーであったかは、この一戦を観れば一目瞭然だ。
90年代の日本ボクシングを思い起こす時、絶対に忘れることのできないひとりだと思う。
あらためてご冥福をお祈りいたします。