ピューマ渡久地vsドディ·ボーイ·ペニャロサ 1993年12月14日 「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング Vol.20」
1993年12月は注目の興行ラッシュ。
それにしても1993年12月はボクシングファンにとって、なかなかにすごい一か月間だった。特に前半の2週間は特濃だ。まず4日にゴールデンルーキー、金内豪のプロ2戦目、7日に吉野弘幸の再起×東洋太平洋挑戦試合、13日はユーリvs車の世界戦、同日に国内戦ではこの月の最注目試合であろう、平成のKOキング、坂本博之vsリック吉村の日本ライト級タイトルマッチ、そして翌14日には、今回の主題であるピューマ渡久地の再起第2戦が行われている。
坂本vsリックはぜひ生観戦したかったが、たしか仕事の都合で行くことができず。加えて翌日のピューマ渡久地の試合は前戦に続いてノーテレビ興行ということもあり、この日はホールに駆け付けた。
4月のピューマの復帰戦も生観戦したが、その時のホールはまさに立錐の余地もない超満員。かつすさまじい熱気にあふれていた。復帰第二戦もボクシングマガジンをみると観客数2,900となっている(が、この時代の発表観客数はまったくあてにならない)。たしかによく入っていた記憶があるが、それでも再起戦ほどではなかった印象だ。チケットをとるのに苦労した記憶もない。
前座には10回戦が2試合。
さて、この日は、前座に4回戦が4試合、ほかに10回戦が2試合組まれていた。
ひとつは、ロドルフォ·テハム(比国)vs平野公夫(ワタナベ)のフライ級10回戦。2Rのバッティングで平野は頭を切り、結局、この傷による出血のために3R、試合はストップ。平野は不運なTKO負けとなる。
もうひとつは、スコーピオン盛川(十番TY)vsジョナサン·ペニャロサ(比国)のジュニア·バンタム級10回戦。こちらは、この試合から本名の友基から“スコーピオン”に名前を変更した「スコーピオン盛川」が、4RにTKO勝ちで収めている。
試合の経過、結果はボクシングマガジンで確認したもので、どちらの試合もさすがに記憶はほぼ何も残っていない。
ピューマ渡久地vsドディ·ボーイ·ペニャロサ。
さて、メインの渡久地の試合である。この日はノーテレビだったが、ユーチューブには観客ショットらしき動画がアップされている。この映像と記憶をもとに試合を再構成してみたい。
初回。ペニャロサは小児麻痺の後遺症で左足に障害を持ちながら、まだメジャー団体とは呼べない時期とはいえIBFでジュニア·フライ級王座を獲得したこともあるという。ベランダから眺めていた僕からも、左足が右よりも細く、棒のように突っ張っているのがわかった。この時30歳。今なら30歳でロートル扱いされることはないだろうが、90年代前半のこの時期は30歳といえば十分にその域だ。対するピューマは24歳になったばかり。再起戦に負けたピューマに「今度は楽な相手をぶつけてきたか?」が最初の印象だ。
立ち上がりはどちらもスローペースというか、落ち着いている。中間距離でスピードも抑え気味の単発のパンチが、互いを行き来する。観客はその様子を声もなく見つめている。展開としては、渡久地が仕掛け、ペニャロサが打ち終わりにパンチを返す。ラウンド後半に、渡久地が何気なく出した右ストレートの打ち終わりに、ペニャロサはこれまでとはスピードが格段に違う右フックを返すと、それが渡久地の頭部にヒット。そのいきなりの変化に、観客は驚きの声をあげている。その後も、渡久地のパンチにきわどいタイミングでペニャロサはカウンターを合わせてみせ、そのたびに観客から「ほう~っ」というため息がもれる。手ごたえがあるのか、終了のゴングのあと、ペニャロサは右腕をおおきく掲げての帰還だ。ほぼ互角だが、あえてどちらかに振るならペニャロサか。
2回。左足の障害のためなのだろう、フットワークが思うように使えないかわりに、ペニャロサは腕を鞭のように使って放つ鋭いカウンターを武器とするボクサーのようにみてとれた。試合は、2ラウンド目も引き続き静かな展開というか、中間距離でパンチの交換をしながら、相手の出方をうかがうような形だ。ここまでの印象でいえば、ペニャロサからは4月のロハスほどの力量は感じられない。中盤には、ピューマがこの試合初めて連打でコーナーにつめてみせた。クリーンヒットは両者ともに少ないが、手数でピューマが押さえたラウンドか。
3回。徐々にパワーの差が明らかになってくる。渡久地はペニャロサのカウンターを警戒しつつも、連打をまとめるシーンが多くなる。打ち合いのなかで両者がもつれると、足の踏ん張りがきかないペニャロサは容易にバランスを崩し倒れてしまう。ペニャロサは下半身の力を利用できない分、上半身を鞭のようにしならせてパンチを放つ。スピード感はあるが、単発気味で、渡久地を脅かすまでには至らない。時折はっとするようなタイミングで左ストレートを差し込んだりするものの、渡久地も少しづつ慣れてきているのが感じられる。ピューマのラウンド。
4回。渡久地が攻勢を強める。ペニャロサをコーナーにつめると、ボディから顔面へと畳みかけるようにパンチをつなげていく。フットワークのないペニャロサはブロックでしのぐ。警戒すべきは左ストレートのみとみてとったのか、渡久地は左へ左へとまわる。それでもペニャロサの左ストレートが時折浅くではあるが渡久地の顔面をとらえている。しかし、フォローのパンチがないので、渡久地を脅かすには至らない。ラウンド後半、ボディからチャンスをつかんだ渡久地が、ワイルドにパンチを振って、ロープまでペニャロサを追い込み乱打。それに対し、ペニャロサは打ち終わりを狙った左ストレートで一瞬渡久地をぐらつかせる。前に出るとやはりカウンターが怖い。しかし、ラウンド全体をみればピューマがとったか。
5回。変わらず左回りしつつチャンスを伺うピューマ。連打をつなげるが、ペニャロサの左ストレートがすとんと楔のように打ち込まれ、流れを寸断される。正面からガードを割られているので、見栄えも悪い。それでも体格とパワーで上回る渡久地は、体ごと押し込むようにして連打をふるう。ゼロ距離のインファイトになると、ピューマの方が分がよさそうだ。その後も渡久地は連打でペニャロサを追い立て、場内はこの日一番の歓声に包まれる。しかし、若干疲れの見え始めている渡久地は、それ以上つめにいけない。この回はしかし明確に渡久地のラウンド。
6回。インファイトに活路を見出した渡久地は、距離をつめてボディを狙う。時折入り際をカウンターで狙われるが、ペニャロサの左ストレートも開始早々の怖さはなくなっている。それもあって渡久地は割合楽に内に入れている。またペニャロサの消耗も目立ってきた。ベランダで観ていた僕も、この頃には「渡久地の負けはなさそうだな」と思うようになっていた。それでもラウンド後半には詰めに来る渡久地に、ペニャロサはカウンターを浴びせて、場内の悲鳴を誘っている。渡久地の攻撃は、4月のロハス戦と比べても迫力に欠けてみえる。ペニャロサが消極的な戦い方だけに攻勢はとれてはいるものの決定的に崩すまでには至らない。全体では渡久地のラウンド。
7回。双方、それほどの山場を作れないままに、いつのまにか試合は後半に。開始早々、渡久地は右ストレートでペニャロサをロープへ弾き飛ばし、連打をまとめる。その後も、ペニャロサはロープに詰まる場面が多く、「あと一発」クリーンヒットが出れば崩せそうな雰囲気もあるが、決定的なパンチは当てさせない。逆に前がかりになっている渡久地に軽いカウンターを連続して当て、ニヤリと笑って見せる。渡久地も打ち疲れからか、連打をふるうも勢いがいまひとつ感じられない。
8回。ペニャロサは渡久地が前に出てくると、みずから後退し、ロープまでさがる。誘っているというより、単に消極的という感じだ。倒されなければそれでよしというやつだろう。当然、渡久地はパンチをまとめにかかるが、やはり疲れからかやや迫力不足で、崩せそうな雰囲気は感じられない。というか、彼のトレードマークである闘争本能というか、殺気のようなものが今日はほとんど感じられない。どこかペニャロサののんびりした雰囲気に合わせてしまっているようだ。観客からは「休むな」「逃がすな」というゲキが飛ぶ。しかし、かなりスタミナをすでにロスしているらしい渡久地は、ラウンド後半はときおり自分から相手に体をあずけたり、連打も体が流れバランスを崩す場面が多い。
9回。開始早々、渡久地がペニャロサの後頭部を押さえる形になり、ペニャロサが頭を押さえてアピール。それに対し、渡久地は「ごめん」という風にペニャロサを引き寄せ、なぜかハグ。グローブを合わせるくらいで十分かと思うが、なぜかこの日の渡久地からは闘う覇気のようなものが感じられない。その後は、渡久地が前のラウンドと同様、ペニャロサをロープに詰める。回転がいまひとつな渡久地の連打の合間に、ペニャロサもインサイドからのアッパーやボディ打ちをみせる。僕の記憶では、試合後半のこのあたりではペニャロサに対する声援も増えてきた印象だ。不自由な左足で時にバランスを崩しながらも、強打者·渡久地と渡り合う姿に、日本人の判官びいき体質が刺激されるのだろうか。僕もだんだんと煮え切らないボクシングに終始する渡久地よりもペニャロサに感情を寄せつつ観戦していた記憶がある。ラウンド中盤には相打ちのタイミングでペニャロサの右フックがヒットし、一瞬渡久地がぐらつく。その様子をみて、ペニャロサは大きく腕を広げてみせる。その後もペニャロサは渡久地のボディを攻めて、たじろがせる。ラウンド終了時にも、両手を掲げて雄たけびを上げる。有効打の数で、このラウンドはペニャロサがおさえたのでは。
最終回。「最後だ!思い切り行け!」という観客の声を背に、前に出てパンチをふるう渡久地。ペニャロサはなかばロープに体をあずけるようにして体力を温存しながら、渡久地の打ち終わりにボディにパンチを集める。ある程度、渡久地に打たせたあと、今度はペニャロサが前に出る。このあたりの駆け引きはさすがに老獪だ。疲れの見える渡久地に軽いパンチではあるが、ワンツーなどを決めては軽く腕を上げて攻勢をアピール。その姿は「このレベルの選手じゃ俺を倒せないよ」と言っているようだ。その後も渡久地は何度かペニャロサをロープにつめるが、攻め落とせるような雰囲気はまるでない。
最終ラウンドのゴングが鳴った時も、腕を上げてみせたのはペニャロサの方で、渡久地といえば疲労からかロープに突っ伏している。この場面だけ見れば、まるでペニャロサの方が勝者のようだ。
ペニャロサは渡久地のコーナーに歩み寄ると渡久地にハグ。渡久地はペニャロサの健闘を称えるように腕を掲げた。観客の拍手はもしかして、ペニャロサに対しての方が大きかったのでは?と僕はベランダから見下ろしながら思っていた。僕も両者に拍手をおくったが、勝てないまでも己のプライドを最後まで守り切ったペニャロサに対してだ。
しかし、採点は誰が見ても問題なく渡久地。98-95、98-94、99-94の3-0。渡久地にとっては実に37か月ぶりの白星となる。戦績はこれで、13勝(11KO)1敗。
勝者コールを受けた後も、二人はそろって報道陣のカメラにポーズ。ここでも渡久地はペニャロサの腕を掲げてみせた。なんというか、ここまで試合後に和やかな表情をみせるのは、以後もなかったのではないかという気もする。
渡久地本人としてもけして満足のゆく内容ではなかったはずだが、不甲斐なさよりも久しぶりの白星にほっとしたのだろうか。わからないが、この日の渡久地にはよくも悪くも荒々しさが微塵も感じられなかった。
マガジンの記事には「ロハス戦よりも少しはよくなっていたかな」というコメントが載っていたが、どちらも生観戦した僕からすれば「負けはしたもののロハス戦の方が、気迫も感じられたし、まだあの時の方が出来は良かったのでは」と思われた。
そして、「この二戦の出来からして、やはり復帰初戦にロハスを選んだのは無謀だったよなあ」とあらためて思ったのだった。
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