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いつでも、どこでも観察する

自分と向き合うと決めてからは、
心の中の声に耳を傾けて〈観察をして〉いる。

ぐずぐず と それは時間もタイミングも選んではくれないけど、
向き合っている。

【あの時のあの光景が・・・】 【どうしてあの言葉だったんだろう】
【なんであんなことされた(言われた)んだろう】
というのと同時に不快な気持ちだったり、つらくなったり、泣きそうになるなど体感と同時に伝えてくる。

頭の中がそれでいっぱいになると、目の前の作業がまったく手につかない。

そこにどっぷりと浸かってしまう。

今までならそこで疲れ果てるまで考え続け、作業を中断し
別の頭を使わなくてもいいことをすることで、そこから逃げていた。

やらないといけないことがいつまでも終わらず、中途半端になってしまう。

目標をせっかく掲げたのに、あきらめてしまう。達成できない。

心の中に耳を傾ける方法として、
紙に書いて可視化する声に出して受け止めることを教わってからは、

ぐずぐずと出てくる心の声が見えてきたら作業を一旦止めて
そばに置いていたルーズリーフに書き連ねる。

どうして、そこの部分が思い浮かんだのか、体感として不快なのか、
ゆっくりと辿る。

辿るのはなかなかしんどいし、涙だっていっぱいでたし
腹立っていたこともあった。

頭の中で考えていたことを
現実(ルーズリーフ)に出す(書く)ということはほんと
しんどかったけど、それでも書き続けた。

次の日、同じことを思い出して、もう一度書くこともあった。

形に残しておきたくなくて燃やしたこともあった。

ある日気づいた、何年も前からずーっと同じことで苦しんでいることに。
そこから抜け出したいとも思っていることに。

”気づいたら、たとえ時間がかかっても、変わる” 
”だから大丈夫、大丈夫だからね”

メンターさんの言葉が支えてくれた。

自分にとことん向き合うって決めたんだ。
もう一度自分を奮い立たせる。

「嫌だったよね、悲しかったし、わかるよ」
 声に出して自分に寄り添った。
「何度でも出てきていいよ、いつでも私を優先する。ちゃんと聞くね」
 自分に約束した。

正直にいうとちょっと怖かった。
自分い寄り添う言葉を言っておかないと、またつらくなってしまいそうで。
自分に「嘘つき!」と言われてしまいそうで、

消してしまいたい、なかったことにしてしまいたい。
紙に書きだせばもう終わりがいい。はやく不快なものは全部なくしたい!
とも思った。

でも、言葉にすれば、耳を傾ける姿勢を見せれば、
ちゃんと心は(私は)答えてくれる。

文章になっていなくても、単語でも、感情論でも、幼いこどものようでも。

今は少しずつ純粋に向き合うことが出来始めている。

今日はお風呂で本を読んでいるときに出てきた。
本を読んでいるのに、内容が全く入ってこない。
いつかのあの光景が入ってくる。意識がそこに集中していることに気づいた。

(もしかして・・・)
本を閉じ胸に手を当て、こみあげてくるものを声に出して受け止めた。

数分後、中断したページを開いて読むと内容が入ってきた。

私は、わたしに聞いて欲しかったんだ。







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