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黒谷さんのトラウデン直美さんに想起される八橋流箏曲
京都の街を見渡すこの景色は、いつか私も見たことのあるそれだった。
確か、しばらく前、テレビを見ているとトラウデン直美さんが弟さんと一緒に、黒谷さん(金戒・光明寺)のお墓が立ち並ぶ高台から、京都の街を見下ろしている、という場面があった。
まさにその立ち位置の近くに、八橋検校という盲目の箏曲家の墓がある。
今から400年ぐらい前、江戸時代前期に活躍した音楽家であるらしい。作曲された作品は、今でも演奏されているが、生田流・山田流のそれであって、『八橋流』ときくと、今ここで初めて出会う方も多いだろう。
細々ながら伝承されており、その地が信州松代なのだ。
私が『八橋流箏曲』に関心を持ったのは、高校の音楽の授業で、初めてこの音源(レコード)を聴いた時だった。正月とかに流れている曲とは違って、箏で弾き語りをしているのである。箏で弾き語りをしているのは、今は亡き人間国宝・『真田志ん』さんである。信州松代の真田家が代々継承して来たのである。残念ながら、うたっているその歌詞は、私には理解することができなかった。
どこかで聞いたような唄。弾ける箏の弦の音・ゆるやかな老女の長音の揺れる声の唄。
繭から蛹を取り出す時(*1)のタライに水が滴り落ちる音・同じく縁側の障子やタライの揺れる水面に反射する祖母の唄。
この二人のうつむき加減に奏でられる楽曲が、重なり合って流れている。
なぜか、いにしえの世界に迷い込ませる、そんな唄。
『松代の子守唄』(*2)だ。
と、私は想う。
20年前、『松代の子守唄』は、文芸社の音楽をテーマにしたショートストーリーのコンテストで入賞したこともあり、京都を訪れた際、黒谷さんに足を伸ばし、八橋検校の墓参りをさせていただいた。
だから、テレビの映像で見たことのある風景が重なったのだ。そして、そのお墓から、時を超えた楽曲が流れだした。
「信州松代真田十万石まつり」の関連イベントで、今年は10月5日(土曜日)10:00〜『八橋流箏曲定期演奏会』が、長野市松代文化ホールで開かれる。入場無料なので、関心のある方は、是非、お越し下さい。
但し、老女の唄は、ありません。
近くにお墓があった、というだけのこと。たぶん、トラウンデン直美さんと八橋流箏曲の関係はないと思う。強いて言うなら、黒谷さんのお取り持つ縁どすやろな…。
*1)私の著述『それでも、町に水は流れる』を参照
*2)「ショートストーリーコンテスト」実行委員会編『うたと音楽のある風景』文芸社刊より