スキゾフレニアワールド 第十二話「キス」

 僕は雨宮の返信を待った。あの日のメモの言葉は彼女の心の隙間と底に会心の一撃を与えたであろう事は間違い無い。時刻は夕方四時。今日のバイトは休みだったのか、予測通りに返信が来た。釣れた。僕はLINEの文章を見て不敵に笑って見せた。これが彼女への敬愛である。僕は一目散に駅へ向った。
 居た。学生の頃と違って短髪にした姿と季節柄の小麦色のワンピースがとても似合っている。僕は自分の心臓の音が彼女にバレないか不安で一杯だった。
「遅い! 五分遅刻」
「元気そうだな。とりまサ店直行だ!」
 僕等は喫茶店へ行った。端から見たらカップル其の物であろう。席に座る也早急に答えを求めて来た。僕は其れに相槌を打つ。二、三の質問に答えてはネットで培った情報を促した。これは僕也の問診だ。僕は雨宮に有りっ丈の智慧を手渡した。メモの言葉なんて建前で有って本音は彼女と一緒に居たいだけだった。たった少しでも良いから構わない。此の想いに気付いて欲しい。この時間が無限に続けば良いと、心の奥で願い叫んでいた。彼女の瞳の彼方へ呼び掛け彷徨い続けて居た。
 話の中身なんて曖昧で良かった。お互いの興味有る話。最近の時事ネタ。現状報告。彼女の笑顔を見て癒やされて居るのは僕の方だった。僕はこの上無く幸せだ。二人だけで居たかった。だが時間だけが無情にも過ぎてゆく。サ店に長居しては互いの身の丈話を喋り続けた。だが、タイムオーバーだ。
「じゃあね小倉。貴方面白かったわよ」
「目を閉じろ。忘れ物だ」
 僕は雨宮の肩を抱いて唇を重ねる。柔らかな淡紅色の感触が口一杯に伝わる。その瞬間僕は顔を離した。
「メモの精神科医は優秀だ。書いてある住所に居るぜ?」
「……」
 雨宮は狐に抓まれた様子で呆然と立ち尽くしている。
「目的は果たした。電話番号も知った」
 僕は高揚感に包まれながらじゃあなと一言言って踵を返すと恥じらいの一時を感じながら其の場から走り出して去って行った。喫茶店の入口の咄嗟の出来事に心の追い付いて居ない雨宮を尻目に僕は満足気に自宅へ直帰した。僕のファーストキスは計画通りだった。それは甘い蜜の味がした。その後の雨宮は知らない。知る由も無い。だが振り返って手を振れる程僕等は大人でない。街は夜更けに過去の傷跡も甘酸っぱい思い出も全てを包んでくれた。余韻を残して。

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