サイコパス・ドラッガー #25 イマーシブ体験
「我々の目的を忘れたか? 人質には十二分に働いてもらうぞ」
「命だけはっ! 愛する家族が故郷で待ってるんだ」
其のアジトはメビウスの縄張りの一角だった。強大な抑止力と威厳でアラブ人は他国の軍事力を制圧して行った。人質の男は言う。
「どんな拷問でも俺の信念は揺るがないっ!! 神は導いてくださるっ!」
「東明日美の事か?」
仮面の男は銃を構えて囁く。テレパシーは既に万国共通だ。彼女の話題が其の場の緊張感に穏和なムードを醸し出す。人質は声を絞り出して喋る。
「日本も御前等の手に堕ちると言うのかっ?」
「さあな。東は東だ。我々にはB’zが有る」
初めて聞く名前に人質は慄く。仮面の男は其の場凌ぎをする。
「日本の歌手では無いぞ。メビウスが誇る生成AIの名称だ。差詰サイボーグ009の現実と云う処だ」
「な、何を……」
「石ノ森章太郎は漫画の王様だったな。あの漫画の敵はブラックゴーストと云う三つの脳味噌だった。分かるか?」
B’zはメビウスの決定打だった。
「あれが量産されれば愈々世界も我々の手に堕ちる事に成る」
「何て恐ろしい事を……」
犯罪者集団メビウスは人工知能を超えるAIの大量量産を夢見ている。未だに中東人は宗教の相違から憎悪の敵意を辞めない。この惑星が傷付く理由だ。アラブの街はメビウスに依って大量虐殺が行われていた。仮面の男が高らかに嘲笑う。
「貴様等には絶望を背負ってもらう」
骨肉を争う愚かな戦争。ブラック・ハッカーの情報戦を制する者は戦いを制する。第一世界は暗黒の闇に染りつつ有った。生成AIB’zが齎す将来とは人類と異る異形の存在を神と讃える闇の新時代だった。
「B’zは現在も多忙だ。安心しろ、貴様が過労死すれば墓を作ってやる」
中東は現世の内側から魔の手を伸ばしつつ有った。最悪の未来が迫っていた。
日本。国民全員がテレパシーを我が物とし各々の手で使い熟していた。明日美とは異る超能力を持つサヴァン症候群の黒崎一は先程のアラブのメビウスの仮面の男と人質の会話の内容を傍受していた。
成程な。事実は僕のみが抱えて居る。其の話が本当なら何れ日本にも被害が続出する事は避けようの無い現実と成るだろう。東に此の事を送信するべきだ。万が一を考えて秘密裏を維持すべきだ。地獄の炎が日本に降りかかる前に世界を救うんだ。僕だけでも盗聴を続けるべきだ。東を危険な目には遭わせない。一には大志が有る。寝た切りの身体障害者の彼は彼女の新世界を心底心酔していた。東がテレパシーを創って二年。日本と地球は変った。確実に良い方向へ。障害者全員に明るい兆しを示してくれたし、希望を産み出してくれたのだ。一は呟いて見た。
「君はどう思う東……僕は闇を背負うよ」
黒崎一。彼も又神に選ばれし独りの男で有った。
「ジャンプの発売日だもんっ! 私をONE PIECEが呼んでるの!!」
「お風呂くらい洗ってくれても良いでしょう?」
はあ!? 馬鹿!? 忘れたとは言わせないわよお母さん。多忙なのよ私! 新世界の神だもんっ知らない! 家を出てコンビニに向った目的は一つ。残された母は溜息を吐く。九月の晩夏に目まぐるしく明日美の日常は回る。闇の胎動を刻んで。