三浦綾子「氷点」を読んで


 上下巻で長い長い。僕は基本的に好きな作家でなければ長編は読まないことにしている。しかし、三浦綾子で調べるとやはり「氷点」がインターネットのトップに出てくるため、はじめての読み物としては良いのだろう。
 基本的に飽き性なので、上巻で何度も放り出そうとした。これは起承転結の「起」である「自分の娘を殺した殺人犯の娘を養子として迎える」という展開が、突拍子もなさ過ぎてついていけなかったからかもしれない。安部公房並みにブッ飛んでくれれば良いのだが、中途半端にリアリティがあるため、現実的に考えて設定がありえないと思ってしまった。
 しかし、下巻は上巻での戸惑いが嘘のようにするすると読めた。それは、無垢な少女を道具のように利用する登場人物たちの様子が、「あ~あるある」と納得してしまったからである。少女の義父も義母も、お互い直接葛藤を解消しようとはせず少女への対応を通して復讐しようとする。少女は振り回される。葛藤回避のために第三者を利用し、その第三者にたいした咎は無いのに迷惑だけ誰よりも被ってしまう。こうした光景は、現実世界でもよくあることであると思う。こうした日常生活で起こる些細なトラブルをドラマチックに描写できる作家は女性に多い気がするが、三浦綾子も例外ではなかった。
 「まあこれくらい伝えなくていいだろう」と面倒くささや相手への配慮から考えてしまうことは誰にでもあると思うが、それが裏目に出てしまった例が高木である。少女は犯罪者の娘ではないが、犯罪者の娘を望む辻口に犯罪者の娘と偽って養子に出してしまう。
 そうしたちょっとしたボタンの掛け違いが重なって、悲劇が生じてしまう。日常的に生じる大部分の悲劇はかすかな綻びの連続によって生じる。それを明確にこの小説では描写しており、その点は高く評価できる。

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