92歳 三石巌のどうぞお先に 36
三石巌が1994年から産経新聞に掲載していた「92歳 三石巌のどうぞお先に」の記事を掲載させたいただきます。(全49回)
がん細胞
大量の活性酸素で“一人前”に
ボクが保証人になっていた人がとうとう破産しちゃった。ボクはあたまをかかえての金策だ。ねむれない夜がつづく。心身ともにくたくただ・・・。
このストレスで、ボクの体内では活性酸素がひっきりなしに発生いしている。だが、ボクはこれがもとでいくらがん細胞の卵ができたって、心配はしない。それが一人前のがんになるまえに、ボクはお墓ににげこむ予定なんだ。これはジジババの特権なのさ。ワイロも何ももらえない特権だ。ひとにゆずることのできない特権だ。
若いもんじゃそうはいかん。自前のスカベンジャー(老化などの元凶とされる活性酸素をしまつする物質の総称)があるにはあるんだが、活性酸素の大量にやられたらあぶないもんだ。
植物にはいろんなスカベンジャーがあって、それを人間さまがよこどりしているってことは、まえに書いた。そういうわけで、植物はいくら紫外線がきても大丈夫なんだが、農薬パラコートをかけられたら、おしまいだ。活性酸素の洪水がおきるからだ。スカベンジャーの分子数が活性酸素の分子数におよばなかったとすれば、これはあとりまえの話さ。
若者よ、おごるなかれってことさ。
ここでちょっと、前のことのおさらいがいる。鼻からはいった酸素はミトコンドリアへゆく。ここで燃料を燃やすわけだ。このとき酸素の二%が活性酸素になるっていったはずだが、おぼえているかな。
パラコートは、このパーセンテージをあげる農薬なんだ。これをかけられると植物はたちまち命をとられる。パラコートは自殺につかわれているが、これは活性酸素のはたらきだ。中性洗剤も、パラコート同様に活性酸素の増産剤だ。だからこんなものを飲んじゃいかん。
ここいらで金策、いやストレスの話にもどるとしよう。
活性酸素がじゃんじゃんできるから、あちこちにがん細胞の卵がうみつけられる。きずのついたDNAをもつ細胞ができるってことだ。
まえに書いたことだが、ある細胞のDNAの一ヵ所が電子ドロボーにやられただけだと、それはがん細胞の卵だ。おなじDNAが、二カ所も三カ所も四カ所もドロボーにやられなければ、一人前のがん細胞にはなれないんだ。
これはなかなかやっかいな仕事だ。よっぽどたくさんの活性酸素がなけりゃならん。一人前のがんができるのに、十九年も二十年も二十五年もかかるってのもむりはないさ。
三石巌
1901年 東京都出身
東京大学理学部物理学科、同工学部大学院卒。
日大、慶大、武蔵大、津田塾大、清泉女子大の教授を歴任。
理科全般にわたる教科書や子供の科学読み物から専門書にいたる著作は300冊余。
1982年 81歳の時、自身の栄養学を実践するために起業を決意し、株式会社メグビーを設立。
1997年 95歳で亡くなるまで講演・執筆活動による啓発につとめ、
生涯現役を全うした。