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スケッチ ‘95

1月の風に吹かれて サイレンが遠く聞こえる
暗闇の中手探りで 帰れぬ家路へ向かう
瓦礫の山の中から聞こえる 微かな確かな声が
力の無い疲れ果てた家族のその目の中で
全てを語り尽くす
誰にでも降りかかるはずの火の粉が
神の家の扉に降ったんだと
彼女は今夜俺のギターで
あの悲しげな唄を歌う

満月の夜 夜空に光った一瞬の閃光を見ただろ
空を飛ぶ事だって出来る人間にも
完璧など求められない
沢山のお土産を抱えて
バカンスの結末があの事故さ
目の前に広がった綺麗な夜景に
その翼は飛び込んでいった
陽炎に揺れるその向こうに
天使が笑うのを見たんだと
彼女は今夜俺のギターで
あの優しい唄を歌う

40年掛かって壊れた壁よりも
厚くて高い壁が有る
この目に見えないそれは世界中の
あちこちでそびえている
子供達は涙で枯れたその目を
少しも逸らそうとせず
銃声の鳴り止まぬ街並みを
無表情に見つめている
この小さな島国の中にも
似たような事があるのを知ってるって
彼女は今夜俺のギターで
囁くように歌う

ニューヨーク
マンハッタンはグリニッジヴィレッジ
季節はもう桜の咲く頃
愛なんてあやふやな物を未だに信じてる
自分に正直な男達が居る
人生の黄昏が人より早くきて
それでも胸を張って生きていられたなら
身体を蝕んでいくあの病気にも
なんの偏見も無くなるだろう
もっともっと素直に生きていられるなら
全てがもっと変わっていく筈だって
彼女は今夜俺のギターで
また呟くように歌う

真冬の冷たい街並みで
自由だけを手に入れた人達
段ボールで囲ったその場所が
彼等のマイホームとなる
幸せの物差しなど何処にも無い
右も左も上も下も無い
まるで仙人の様なその瞳は
ホワイトカラーなど見向きもしない
自分がとっても小さく感じて
涙が止まらない夜があるのって
彼女は今夜俺のギターで
少し俯いたまま歌う

時が流れ年老いた自分を
誰が想像出来るだろう
無理の効かなくなったこの身体でも
精一杯強がっていたい
淀んだ空気のこの世界の中
何を愛し何処へ向かう
この小さな部屋の片隅で
今夜俺は彼女を抱く
あたし達もいつかは離ればなれ
でもそれまでは一緒ねって
彼女は今夜俺のギターで
終わりのない唄を歌う

嗚呼 彼女は今夜俺のギターで
終わりのない唄を歌う

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