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一方通行の愛の結末『旅』とアナトール・リトヴァク監督の『想い出』

 恋愛映画というジャンルがあるとしたら、さらにそれを「純愛」とか「失恋」とか「不倫」とかいう風にテーマに分けて分類して、より詳しく自分の好みを説明するのって楽しいですね。わたしは相思相愛の二人が狂ったように愛におぼれていくというのも好きですが、純愛の変化球とでもいいましょうか、相手が自分を愛している気持ちは分かるけどそれは相手の一方通行である、というような話が好きです。簡単に言えば片思い。
 『フォレスト・ガンプ』のガンプから幼馴染のジェニーへ。『仕立て屋の恋』の仕立て屋イールから向かいに住む美しいアリスへ。『遙か群衆を離れて』の牧羊農民アラン・ベイツから農家の娘ジュリー・クリスティへ。
 全部、一方通行です。

 片思いというのは、映画的に言って、成就するものではなく、脆く儚い方が美しいと思うわたしは、やはりアメリカ映画のハッピーエンドより、このジャンルに関してはヨーロッパのアンニュイさ、『あの愛をふたたび』の、空港のラストシーンの方が好きです。同じ感性の諸先輩方もいらっしゃるのではないかと思います。
 アナトール・リトヴァク監督の『旅』は、一方通行の愛の話ですが、まず時代背景を理解しておきたいところです。
 ハンガリー動乱は、1956年に起きたソビエト連邦に対するハンガリー国内の反乱です。ハンガリーの共産主義政権に対する不満や抑圧に対する反発から、次第にソビエト連邦の支配に対する抵抗に拡大しました。ハンガリー政府はソ連にこの動乱の鎮圧を要請、軍隊が派遣され、ソ連はハンガリーに介入しました。抗議する人々や武装集団とソ連軍との間で激しい戦闘が行われ、市民3,000人が死亡し、多くの人々が逮捕拘束されました。結果として、動乱は失敗に終わり、ハンガリーは再びソ連の支配下に置かれることになります。
  ハンガリー動乱のニュースは当時我が国にも伝えられ、国内でも様々な論争を呼んだようです。まるで今のロシア・ウクライナ戦争と同じ。
ブダペストの戦い: ハンガリー革命 (1956) |ブリティッシュ・パテ - YouTube

 この痛ましい歴史的事件のわずか3年後に『旅』は制作されています。わたしはかなりコンパクトにあらすじをDVDジャケットにまとめました。 
 1956年、ハンガリー動乱が勃発し、ソ連が空港を接収したため民間機は運航停止が続いていた。一見夫婦のように見えるアシュモア(デボラ・カー)と、謎めいた男フレミング(ジェイソン・ロバーズ)たち乗客は、空港からの退去を命じられウィーン行きのバスに乗りこんだ。
 途中ソ連軍や市民の反乱軍の検問を受けたものの、ようやくオーストリア国境の町に到着。ところが国境警備隊のスーロフ少佐(ユル・ブリンナー)は、許可証は無効で新たにビザを発行するまでこの町で待つよう命じ、全員のパスポートを没収した。こうして乗客たちは理由も分からず町の小さなホテルに足止めされることとなった。
 そんな中、アシュモアとフレミングは密かに逃亡を企てようとするが、常にスーロフの鋭い目が光っていた。スーロフは彼らと食事を共にし、なぜか親密になろうとするが、乗客たちは疑心暗鬼となった。そしてスーロフは美しいアシュモアに関心を寄せるが、アシュモアは心を開こうとしなかった。

 『旅』はこのような物語で、国境警備隊に常に監視される緊張の中で、スーロフからアシュモアへの一方通行の恋慕が描かれていきます。
 もちろん、映画的には、『王様と私』の名コンビが再び共演し、ダンスも見せてくれるということや、ジェイソン・ロバーツが本作でデビューしていたり、アヌーク・エーメがレジスタンス役でアメリカ映画デビューしたりと話題に事欠きませんが、最大の見所は、ユル・ブリンナーとデボラ・カーのキスシーンです。このキス・シーンを撮るために本作がじっくりと描かれたと言っても過言ではないと思います。なぜ、そこまで言えるのかというと、このキス・シーンが一方通行の愛の到達点であり、かつたった一度のキスであり、双方にとってあらゆる面で異なる決意の表現なのです。
 これはぜひもう一度みなさまに観て頂きたかったな。

 以下、無用のことながら。

 アナトール・リトヴァク監督といえば、もう1本復刻に挑んだのですが権利元不明のためにかなわなかった作品があります。それがカーク・ダグラス主演の1953年の『想い出』。
 戦時中パリに駐屯したことのある米国人ロバート・テラー(カーク・ダグラス)は、リヴィエラの漁村ヴィルフランシュに来て、ホテル《ベル・リーヴ》の1室を借りる。彼の脳裏には、パリ時代の恋の想い出がよみがえって来たーー。
 テラーは一夜つきあったニナ(バーバラ・ラージュ)という女にパリでの下宿の紹介を頼む。兵営生活になじめなかったのだ。ニナはテラーにリザ(ダニー・ロバン)という娘を紹介してくれた。2人を夫婦ということにしてカフェの2階に部屋を借りてくれた。
 リザは、戦災で一家が離散し孤独な女だった。彼女もテラーと一緒に暮らすことに同意する。カフェは中年の夫婦が経営していたが、戦傷して帰って来た愛国心の強い1人息子クロードも一緒に暮らしていた。このクロードはリザのことをアメリカ人に身を売る情婦として蔑視した。テラーとリザは一緒に暮らすうち次第に情がわき、やがて愛し合うようになる。
 だが、ある日カフェにちょっとしたことで警察の手入れが入った。全員の取り調べが行われたが、正式の身分証明書も結婚の証明書も持たないリザは、出頭を命じられて、挙句の果てに街娼婦として登録されてしまう。
 テラーはこのことを機にリザと正式に結婚することを決意する。
 しかし、上官に許可を願い出るものの、上官はほんの遊びだと思いこみ、テラーのためには良くないと考えて彼を直ちに転属させて、縁を切らせてしまう。
 そんなことは知る由もないリザは、彼がいつになっても現れないので悲しみに打ちひしがれ、絶望してしまう・・・。なんて悲しい話なんでしょう。

味わい深い公開時のポスター

 当時興行によって国外で稼いだドルを本国に送金できなかったため、それを再び製作費に充当し、現地スタッフや出演者を雇用して映画を製作する「ランナウェイ方式」で作られたと思われます。その結果、権利関係があいまいなまま、制作当時のアメリカ国内の配給権はユナイト(MGM)が獲得するものの、TV放送やパッケージメディアの時代にはもう忘れられてしまったのが、今日の権利処理を難しくしてしまったのではないかと思います。
 しかし、これを復刻できていればなあと残念でなりません。どれだけしっとりした大人の作品に仕上がっていたのか、日本で見る手立てはもうないのでしょうか。ほんの少し、ターナー・クラシックのWEBサイトでムービークリップを見ることはできますが、全編を観たいものです。
 ちなみにこの映画にはまだ駆け出しのブリジット・バルドーが脇役で出ています。チャップリンの二男も出ているようです。


 


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