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待草雪
2024年9月27日 23:55
92 彼女にとって、お気に入りの紅茶用茶器は”マドモアゼル”だった。一筋縄にはいかない気高く美しい完璧な女に与えられし勲章である”マドモアゼル”は、強靭な魂を持つ女だが、その身は気高く美しい故に、至極繊細でもある。 お気に入りの茶器が、振動を受けてカチャカチャ音を立てた。シルフィ・コルクラートは至極丁重に”マドモアゼル”からティースプーンを離し、芳しい香りを放つ、年に一度の贅沢でもあるダージ
2024年9月21日 03:07
90 Q:虎の呪いに掛かっていたという件は? A:ええ、ええ。其れも間違ってはいません。バグフィリィと片時も離れずにずっと暮らしていましたから。……だから今はとても新鮮な気持ちです。可笑しいですよね。あの子と私は、離れ離れになっているというのに。 Q:(沈黙) A:大丈夫です。後悔は、していません…………。 彼女も呪いに掛かっていた。狼に依存し過ぎる呪いである。呪いの元になっている狼
2024年9月17日 12:33
88(今日はキネンビだ、ヒュウラ。お前を保護する存在が全て揃う) 今日は記念日だった。己の邪魔である存在が全て喪失する。
2024年9月12日 19:19
87 『霊』は、死んだ元生き物の魂が此の世で徘徊している『幽霊』では無く、此の星の至る所から湧き出て漂っている”命達の息吹”である。生き物達の生涯を好き勝手に弄り回す『運命』という偶像の無い強大な力でも無く、星と宇宙のあらゆる物質を構成する最小物質『原子』でも無い。 第六感で感知し、通常は鍛錬を積み重ねて操れるようになる其の摩訶不思議な存在を、此の人間は生まれ付き察知して操れた。”心眼”と腐
2024年9月8日 23:02
85 ヒュウラも勘付いた。腹の虫が鳴っているようなルルルル、ルルルルという低い音が、天井の上から聞こえてくる。 『パグェハダ』という謎の言葉を連呼するラジオから意識を外して、ヒュウラは紅志とセグルメントを先に行かせた。立ち止まって上を見る亜人の心の中で銀貨が弾ける。クルクル回って見えない床の上に落ちた見えないコインは、狼の面を表に向けて倒れた。 動き出す。セグルメントが勘付いてヒュウラを呼
2024年8月27日 18:42
80 中央大陸東部にある半島の国で行われている『記念』パレードは、午前の部が大詰めを迎えていた。世界中から著名人をゲストとして招き入れており、セレモニーの準備も着々と進んでいた。 式典は”彼”が望んだ場所では無く、現テムラ社が背後に聳え立つ広場で間も無く行われる。既に装飾と壇を設けられており、壇を囲むように半島の陸軍と空軍の軍人達が並び立っている。 異様だと、ずっと思っていたが”彼”は性格
2024年8月24日 17:20
77 『世界生物保護連合』3班・亜人課現場部隊支部がある某国は、丘の幸と海の幸が同時に楽しめる事を国を挙げて大々的に宣伝しており、毎年7月の数日間、クラムチャウダーを看板に様々な『丘と海のマリアージュ』を舌で感じられる、食の祭りが開催されている。 其処で振る舞われる料理のひとつに、蟹の甲羅グラタンがある。大型のワタリガニの身と肝を牛乳・チーズと共にふんだんに使った贅沢な逸品は「クリスマスでも
2024年8月21日 19:20
記憶の砂嵐の隙間で、星が瞬いている。星の粒が瞬く度に若い男の声が、あの言葉を呟く。 ーーお前は次の産まれた日の夕方に、仲間から力を借りてお前が1番愛している人間と出会える。1番欲しいものが貰える。その前にお前は、3番目に愛しているモノを目の前で失う。ーー76 猫の亜人がニャーと鳴いた。鳴き声が聞こえない別の種の亜人が、1人の人間の心の中で響き続けるモノと同じ声で独り言を呟く。「ろすと
2024年8月18日 16:30
75 ーー魔法は呪文が必要だ。呪文まで編み出さなくても構わない。ーー カイ・ディスペルも、科学反応に関する実験結果を記した論文を魔法の呪文とは思っていない。実験結果は科学者が努力の果てに見出すモノであり、幾百幾千と同じ事を繰り返して得たデータは、見えない宝石のようなモノだとも想っている。(さっぱり分からない!何で言う事を聞いてくれないんだ?原子、原子!!) 頭の中で声が聞こえた。時々う
2024年8月15日 11:35
72 彼は経済学と電子工学を併願して受講した半島の大学を卒業してから、スーツ以外の服を着ていない。最近久々にスーツ以外の服も着てみたが、連れの生き物と服装を合わせてやっただけで、着心地は正直、余り好きでは無かった。 己にとって当たり前の身嗜みだと信じているスーツは、今の立場になってもグレーしか色を持っていない。スーツに関しては黒や紺やキャメルを増やしても良いと思う事も度々あるが、結局は白みの
2024年8月12日 14:38
71 ヒュウラは現在、カイの分厚い本と、折れた首輪のアンテナを持っている。紅志は武器の変形式巨大手裏剣と通信機、レシーバーと数個の小道具以外は、ウルフアイのレプリカ指輪入りリングケースと財布を所持しており、セグルメントは通信機、愛用品の紙煙草入りのシガレットケースとオイルライター、財布とノートパソコンを所持している。 カイは白いメッセンジャーバッグの中に化学実験器具を詰め込んでおり、中身が乏
2024年8月7日 21:39
70 大勢の”足”が動いたり、利用される為に待機している中、其の”足”も待機しながら、宙を泳ぐようにジタバタ動いていた。被っていた羊毛布団を突き破って、鋭く尖った硬い足の爪が露わになる。爪が生えている足の指は人間と同じ5本だが、黒い縞模様付きの金色の細かな毛が、指先から足全体、腕全体、首から上以外の体全体に至るまで隙間無く生えていた。 人間の服を着ているので手足と首の肌だけ露出している此の虎
2024年8月2日 00:08
68 エスナは足がずっと気になっていた。右の足首に特殊な機械の輪が付いている。アンテナも付いていた。脅威であるあの狼が付けている首輪と、形がお揃いである。 機械の輪の表面を指で叩いてミミズ文字を書いて指で弾くが、機械の輪を構成している『原子』は”お願い”をしても、全く反応してくれなかった。理由はサッパリ分からない。目を5色に変えて『原子』の特定は出来ているのに、何回”お願い”しても発信機の原
2024年7月28日 21:40
66 彼は其の容姿に似合わない名前だった。しかも苗字が創作御伽噺で登場する人物のように現実味が無い。偽名だと思ったが、ミトは特に気にしなかった。 スティーヴ・マグナハートと名乗った小麦肌、黒髪ショートボブ、そして宝石のように綺麗な緑色の目をした青年は、ミトよりも数センチ高い程度の身長しか無い。成長前のヒュウラと同じ背丈である。小柄な青年に先導されて歩くミトは、相手の名前よりも両手に黒い革手袋