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『マンドリカルド原典集成』編訳者による総説

本書はヨーロッパ各国の古典を渉猟してマンドリカルドが登場する場面を抜粋して翻訳した原典集成である。『恋するオルランド』と『狂えるオルランド』の刊行以降、多くの著述家が翻訳や翻案、派生作品を生み出し、一つの巨大な作品世界を構築した。作品世界の範囲は地理的にはイタリア、フランス、スペイン一円、時間的には15世紀末から少なくとも19世紀まで及ぶ。

マンドリカルドは『恋するオルランド』で初登場して以来、そうした多くの関連作品で名前が散見されるようになった。そのためマンドリカルドの冒険譚は人口に膾炙するところとなり、16世紀半ばにフランスで催された仮装行列ではリナルド、ルッジェーロ、サクリパント、オルランド、アストルフォなどに加えてマンドリカルドに扮する者がいたという。そうした事例は枚挙にいとまがなく、17世紀前半にシュトゥットガルトで催された祭りでもマンドリカルドに扮した廷臣が登場したと伝わっている。『ドン・キホーテ』の作者として知られるセルバンテスもマンドリカルドの名前に言及しているだけではなく、ドラリーチェの審判を創作の参考にしている。

できればマンドリカルドが登場する場面をすべて紹介したかったが、関連作品の数があまりに多いために、単なる翻訳や改訂、ほぼ重複する作品は特別な事例を除いて除外し、独自の設定を加えた翻案や派生作品をできる限り収録した。それでも19世紀以前に書かれたマンドリカルドの冒険譚をほぼすべて網羅できたはずである。

マンドリカルドの人物像についてはジャン・パオロ・ジュディチェッティによる『Mandricardo e la melanconia』の解説が詳しい。ジュディチェッティは「マンドリカルドは批評家から無視されがちではあるが、作品のほかの主要人物に劣らず重要な人物である」と指摘している。ジュディチェッティによれば、マンドリカルドは「逸脱の放蕩者」である。すなわちマンドリカルドは戦いで活躍するだけの英雄ではなく、自らの恋や栄誉のために冒険を追求する者である。そうした冒険はしばしば滑稽な描写で彩られている。端的に言えばマンドリカルドは神話におけるトリックスターのような役割を果たしている。

マンドリカルドの冒険譚の中で中核を占めるのがヘクトールの武具の獲得である。マンドリカルドはヘクトールの武具を継承することでヘクトールの栄光を継承する者になろうとした。そして、ヘクトールの武具をめぐって起きた争いがきっかけでルッジェーロと決闘することになり命を落とす。つまり、ヘクトールの武具はマンドリカルドの行動を規定する基本原理となった。

エリザベス・ベラミーは『Translations of Power』で「マンドリカルドとドゥーリンダナ―鎧とトロイの再興」と題してマンドリカルドとヘクトールの関係について以下のように述べている。

「ヘクトールの持ち物をすべて入手するという目的に取り憑かれたマンドリカルドは『狂えるオルランド』の登場人物の中で恐るべき人物の1人になった。彼の自己中心的な攻撃性は、ロドモンテから『奪い取った』恋人のドラリーチェよりも激しくヘクトールの鎧を盲目的に崇拝するという物に向けられた激しい情念によって特別な方向性を与えられた」

さらにベラミーは次のように述べている。

「『狂えるオルランド』を通じてルッジェーロは運命的な予言を負う責任を回避し、ブラダマンテとの結婚を先延ばしして、トロイの末裔という立場を無駄にしていた一方、マンドリカルドは果敢に冒険に挑んでヘクトールの魂を復活させて、事実上、ヘクトールになろうとした」

ヘクトールの武具はマンドリカルドにとって騎士道、すなわち栄誉の象徴であった。『恋するオルランド』と『狂えるオルランド』を中心とする関連作品は騎士道と愛と信仰という三大要素をいずれも含んでいる。ただ三大要素をどのように絡み合わせるかは作品によって異なっている。騎士道を何よりも重んじる者がいるかと思えば、騎士道と愛の板挟みになって苦悩する者がいる。各登場人物が信仰に縛られずに自由に活躍する物語がある一方、信仰が色濃く影響を与えている物語がある。

騎士道と愛と信仰という三大要素を踏まえてマンドリカルドの冒険譚がどのように語られてきたか、そして作品から作品へどのように継承されてきたか本書を通じて知っていただければ幸いである。

                                                                                                               西川秀和

※各作品で登場人物の名前が異なる場合があるが、『恋するオルランド』や『狂えるオルランド』の表記、もしくは一般的な表記で統一している。たとえばマンドリカルドもMandricard、Mandricardo、Mandricardus、Mandricartなどの表記があるが「マンドリカルド」で統一している。

※挿絵はできる限り原書、もしくは原書に近いものから複写および再現しているが、原書の状態や印刷技術の問題などで必ずしも鮮明ではない。

※難読漢字にルビをふることを検討したが、レイアウト編集上の制約から断念した。その代わり訳注をできる限り充実させるように努めた(noteでは割り注だが紙書籍では脚注とする)。

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