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眠れない夜に水面を見ると、最もみすぼらしい自分が映っている。

 タイトルの通り。

 どうしても眠れないから、久しぶりに、考えてはいけないことを考え始めてしまった。自分のみすぼらしさに涙が出る。
 僕はそれなりに努力をしてきたとは思うけれど、結局は、誰にも愛されることはないんじゃないかという不安が首をもたげてくる。誰かに求められたくなる。自分には、誰かに愛されるという能力がひどく欠けているような気がしてくる。

 油断していると、自分を取り繕って生きるようになる。noteでは、そういうことをするまいと決めていたけれど、少し、やってしまう。どういう風にやってしまうか? それは、一番ダメな自分を書かないという形でやってしまう。

 僕は、この場所でできたわずかなつながりのある人たちからも、失望されたくないと思ってしまったりする。だから、本当にダメなことは書くのを避けてしまう。

 それでも、久しぶりに眠れない夜がやってきた。体の内側はひどく冷たくなっている。表面だけが何かに炙られていて熱い。全身が痛くて重たいのに、横たわっていると息が止まるから、座らないといけない。うまく、人の体の形が保てなくなりそう。

 先週、女の子とラブホに泊まった。多少、服は脱いだけれど、粘膜の摩擦運動だけは一切やらなかった。キスもしなかった。ただ、同じベッドで寝た。そのあとで、また、自分の心がおかしな軋み音を立てるのを聞いた。
 相手の子は、僕を恨んで、蔑んでいた。恋人がいるのに、他の女の子とラブホに泊まる男は最低だ、という風に。僕もそれには賛成するし、世の中の大抵の人は賛成する。
 僕がホテルに誘った時、彼女は「恋人がいる人がそんなことしちゃダメでしょう」と三回か、四回か、あるいはもっとたくさん言った。道端で立ち止まり、「やっぱりダメ」と二回くらい言った。それでも、結局は一緒に泊まった。その夜、僕はどうしても、誰かと一緒にいたかったし、それは彼女も同じだった。

どうにかして、誰かに愛されてみたかった。ひどく贅沢な悩みなのかもしれないけれど。あるいは暇人なのかな。

朝になって、ラブホを出て、吐瀉物がサワサワと流れている歓楽街を歩きながら、僕はひどくみすぼらしい気分になっていた。その子は「また連絡して」と言ってくれたけれど、どうしようかな。彼女のいいところは一つ。僕に「死にたくなる」と明かしてくれた。だから、僕も、自分が時々死にたくなることを明かすことができた。
でもまぁ、もう、会うことはないかな。

ダメだ、十年後にも同じことを繰り返していそうな気がする。女の人を抱く時、ほんの一瞬だけだけれど、素敵な気分になることがある。重たい荷物を下ろした瞬間に似ているかもしれない。体が軽くなったような気がする。実際には、軽くなっていないけれど、ただ、しばらくの間だけ、空を飛べそうな感覚になれる。そのあとで地面に落ちてひどいことになる。そのあとで、また重たい荷物を背負う自分がいる。

毎日、いや、毎週か毎月くらいのスケールで、異なる女の子と遊びに出たくなる。それはセックスがしたいというわけでもない。お互いの傷に、そっと触れ合いたい。だから、その意味で僕は、傷のない女の人にはびっくりするほど興味がない。この問題は風俗では解決しないけれど、やっぱり、あの世界には頭がクラクラしてきそうな傷を持っている人がいるから、なんだか、懐かしい気分になれる。あぁ、生きてたんだね、と思う。僕も、僕なりには生きてきたよ。久しぶりだね。

 やめられない。眠れない。自分の最もみすぼらしいところを強引に見させられる。そういう夜がたまにやってくる。こういう時、父は家出していたのかな。父の書いた小説。なんとかして、生きることを肯定しようと躍起になって、つまらなくなってしまった作品。でも、僕が父を唯一尊敬しているところがあるとすれば、なんだかんだ言って今、生きているところだと思う。
 ふざけてアマゾンでググってみたら、カスタマーレビューがついてて笑ってしまった。それなりに高い。熱心な読者も、全くいないというわけでもなかったらしい。まぁ、僕は読まんけれど。

眠れない。死にたくなる。

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