埋まらない穴

 外の気温はたぶん0℃を下回っていた。というのも、雪が硬かったし、表面がキラキラと鋭い光り方をしていたから。

 キリンジの『エイリアンズ』を聴きながら、夜の道を散歩した。「そ〜お〜さ〜 ぼく〜らはエーイリアンズ / 禁断の実 頬張っては〜」と歌った。

 恋人がいても、友達がいても、セフレがいても、埋まらない穴が心のどこかにあって、その空っぽさに向き合う時、僕は叫び出したくなる。このまま、この空白を抱えて生きて、死ぬのかな、なーんて。それは、生まれた時からずっとあったような気もするし、本当は、どこにも無いような気もする。何かが、ずっと満たされない感じがする。ずいぶんと多くの対価を払ってきたつもりなのに、受け取るべきものを受け取れていない。そんな感覚。

 仕事が忙しかったり、あるいは浮ついた遊びの予感があったりすると、そのことに気を取られて穴のことを忘れていられる。束の間ではあるけれど。

 ここ最近は残業続きで、それも、僕が自ら進んでやっていることだった。あるところまでは残業代を請求するし、あるところからは請求しない。朝6時半に家を出て、夜十時に帰ってくる生活が続いた。その間、僕はびっくりするほど心が楽だった。
 あるいは——あぁ、あまり書きたくないけれど、僕はこの場を懺悔室のように使おうと決めた——また職場にいる女の子と浮ついた遊びのようなことを始めている。お互いにチロルチョコを送り合うという無邪気な段階から始まって、少しずつ、間合いを測りながら、お互いに接近している。その子は職場で一番可愛い子だから、多くの人の視線を集めている。そのために面倒が多いけれど、僕は浮ついた遊びをしたかったから、その子と仲良くなった。ご飯を一緒に食べに行ったし、退職後に休憩室で一時間半も長話をした。僕には恋人がいるし、向こうも同じだと思う。大学時代と同じことを繰り返しつつある。その子と喋っていると、ふわっと足元が浮くような感覚がある。そして、その間、胸のどこかにある穴のことを忘れていられる。

 エイリアンズを口ずさみながら、夜の道を歩いて、廃墟のような公園に入った。洗濯バサミを地面に突き刺したような形をしたオブジェに寄りかかって、オリオン座を見た。久しぶりにタバコを吸いたいような気分だったけれど、持ち合わせていなかったので、代わりにゆっくりと深呼吸した。口から吐いた息が白く、煙のようにゆっくりと漂い、氷点下の冷気に薄められていった。

 たまらなく寂しかった。久しぶりに、自分の空っぽさを直視した。その場所はずっと手付かずのまま、底の見えない穴が放置されている。ただ、同時に、どこまでも薄っぺらい穴であることを、僕は理解しているつもりでもある。

 誰かに、たましいの歪さを受け入れて欲しいと思った。

 ねぇ、二人でゆっくりと、散歩しながら話そう。暗い山の中に入って行って、そこで、君にしか分からない君の歪さを話して欲しい。僕はそれを理解しようと努める。ねぇ、僕と話して欲しい。他の誰にも話せないようなことを話して欲しい。

結論

 またお金を払って誰かに抱きしめてもらおうと思った。


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