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『死の天使の光輪』終章

「よぉ兄ちゃん。あの少女に会ったんだろ?」
 青年が町の宿に戻ると、宿屋の店主が話しかけてきた。何故この店主は、青年が少女と会ったことを知っているのか。不思議に思いながらも返事を返した。
「ケイラのことですよね。会いましたよ」
「だろうな、コートの裾が切れてるぜ」
「え?」
 コートの裾を見ると、まるで切り刻んだかのような切れ目が残っていた。店主が話を続ける。
「あの黒服の少女はな、死神なんだよ。あの廃墟に入った奴にヘンテコな話を聞かせてな、そんでその話が分かる奴がいれば気に入って、あの世に連れて行っちまうらしい」
「!!」
 青年はその話を聞いて冷や汗をかいた。
「少女は草刈鎌を持ってただろ?あれは死神の鎌なのさ。アレで魂を持っていっちまう」
「そ、そうなんですか?」
 青年の震え上がってる反応を見て、店主は大笑いして、また話し始めた。
「まあ、なんだ、そういう噂が立ってるのさ。真実かは知らねぇがな。でもな、あの廃墟には墓場があっただろ?そこの幽霊が出てもおかしくはないだろって話だ」
「じゃあ、僕がその子に会ったことも、それにコートの裾の切れ目も……」
 すると店主はまた大笑いして話始めた。
「嘘だ嘘!全部、嘘!コートは、お前、ははは! 昨日も切れてたじゃないか。きっとどこかの植物の棘にでも触ったんじゃないか?そのコート、見た感じ古そうだしよ、ははは」
 それを聞いた青年は、恥ずかしいと思ったり少しムッとしたりと感情を忙しくした。コートのことは昨日教えてくれれば良かったのに……後でコートを直しておこう。
「ケイラに関してはな、この町では有名な不思議ちゃんさ。今期に入ってからあの廃墟でうろつき始めたんだよ。何があったかは知らねぇがな。そんで、さっき伝言があったんだよ。兄ちゃんに言い忘れたことがあるってさ」
「なんでその子は僕がこの宿にいることを知ってるんですか?」
 店主はクククと笑ったあとに話した。
「そりゃあ、この町で宿と言ったらここしかないからなぁ。もしかして兄ちゃん、知らなかった?」
 青年は恥ずかしくなり顔を赤くした。初めて来る町とはいえ、下調べが足りていなかった。自分のミスが二回もあるとさすがに何も言い返せる事が無くなってくる。青年は恥ずかしさを抑えて店主に聞いた。
「それで、その子は何と言ってたんですか?」
「えーっとな、紙に書いて渡してきたんだ。ほい、これ」
 店主の持っている帳簿から一切れの紙が出てきた。それを渡され、青年はそれを読んだ。

「いってらっしゃい。よい旅を」

「……これだけですか?」
「ああ、それだけだ。それにしてもよ、あの子も物騒だよな。草刈鎌を持ち歩いてよぉ、まったく」
 あまりの内容の薄さに拍子抜けしてしまった。あれだけたくさんの話していた少女は、文面になるとこうも大人しくなるものなのか。それとも、本当にこれだけしか用がなかったのか。
 少し残念な気持ちになりつつも、青年は店主にお礼を言うと部屋に戻った。


「ざっと、こんなもんかな」
 青年の前には数十枚の原稿用紙が纏めて置かれている。その原稿には廃墟の記録が記されていた。
「東の窓より降り注ぐ光は、彼らの歌声を、彼女らのダンスを見守っている……」
 青年は自らが書いた原稿を静かに読み上げる。
「ここに自由のあらんことを……ふぅ」
(僕の持っている《才能》を使って作る物語は、楽しいものなのかな……)
 青年には《才能》があった。その《才能》は後天的に開花したものである。それは《その場所の過去の出来事を第三者目線で追体験する》というものであった。青年はこの《才能》を使って過去の出来事を物語にして書いている。しかし、その《才能》に頼ってばかりで、所謂いわゆる“本当の”自作の物語を書いていないことに青年は不安と罪悪感を覚えていた。
(また味気のない物語になった、のかな……)
「もう分からない」
 ふと、窓の外を見る。外は静かで、夜空に数多あまたの星がキラキラと輝いていた。青年は机の上に視線を戻して、そうして、少女からもらった紙切れを見つめる。
 青年は閃いた。あの少女との話を書こう。そう思うや早速、新しい原稿用紙を取り出した。青年は、あの《お話達》を少しずつ思い出しながら書いていく。きっとこの話はいつか誰かの為に役に立つだろう。今は読者に理解されなくてもいい。僕も理解が出来ていないのだから。でも、そうだ、少女との思い出に、書こう! タイトルはもう決まっている。少女との別れ際、一瞬だけまばゆい光に包まれたあの光景。店主の言っていた死神よりも相応しい例えが、まるであの世に、光の世界に優しくいざなう存在、そうに決まっている!
 そう、この話のタイトルは、

『死の天使の光輪』

 夜空に一筋の流れ星が煌めいた。


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