主人公補正というもの

 主人公補正というものがある。主人公になることによって付く良運みたいなものらしいが、そんなものがあってたまるかと思った。ストーリーを潤滑に進めていくためのものではあるのだろうが、主人公には是非とも運の悪さからどん底に突き落とされ、そこから微かな希望の細糸を見出し這い上がっていくことをして頂きたいと考えている。

 まず主人公には親ガチャというものをしてもらう。必ず「当たり」を引いてくれ給え。母子家庭、自己中心的で怒る時はヒステリックになる母親、家庭で虐待を受け学校でもいじめられる、母親になんの拍子もなく捨てられる、孤児院に引き取られるが家族愛も友情も知ることが出来ずに暮らす、人間不信、願った神にも無視される、縋る先がない孤独感、希死念慮、なるほど、ここまでは順調である。孤児院を飛び出しホームレスとなる、ホームレス生活はまあ短い方がいいだろう。生活に慣れさせて達観させたくはないからである。ボランティア団体の計らいにより生活保護を受ける。しかし生活力が無くすぐに汚部屋と化す。いい歳をして仕事をしていない自分を責めはじめ、初の自傷行為。自傷行為がエスカレートし精神病院に入院。貰った薬でODをして隔離室へ。生活を管理されることになる。しばらくして隔離室から出る。それから病室で自殺しようとしたところを看護師に見つかり、また隔離室へ。そのくりかえしである。
 ここまでは良し。暗い幼少期とホームレス生活、入院、自傷行為までして、これ以上に不幸なことはあるだろうか?しかし、ここからの大逆転が難しいのである。ここから「普通」に這い上がるのには少なくとも十年はかかるだろう。そうこれは、主人公が「普通」になるための物語なのだ。だが、これから先は書けない。何故なら私自身が大逆転の人生を送ったことがないからだ。もしこの続きを書くとすれば、私の経験から書けることの一つとして、今後親友となる人を登場させようと思う。やっと初めて主人公は良き理解者、共感者を得る。そこから人生が変わっていく……という風な物語はいかがだろうか。

 実は今までの話は実際にあったことを元にして書いている。私の友人の幼少期や昔お世話になった修道院のシスターから聞いた話などを今回書いてみたのだ。もしかしたら私の書いた文章と全く同じ人生を歩んだ人もいるかもしれない。それはまさしく私が求める真の主人公である。どん底から「普通」になるのはとても難しいことなのだ。自分を変えるほどの何かしら衝撃的なきっかけがないといけない。それに出会えるまでに何年もかかるのだ。また自分自身の考え方を変えるのにも時間がかかる。「普通」とは実は特別なのだ。

 私たちの人生には物語の主人公補正のような運の良さはない。しかし、全く100%運がないとは言いきれない。何故なら私自身は運がいいからである。(ここはドン引きするところだ。)自己啓発の方面では人生を良くする方法が色々とあるらしいが、私はそれよりも昔の人の書いた随筆でも読んで、田舎の庵に想いを馳せるほうが好きである。読者の皆様が主人公補正についてをどう思うか知らないが、きっと自分をそのキャラに見立てて運がよくあって欲しいと願っているのだろう。
 最後に、上記の内容は物語を書くためのネタとして使ってもらって構わない。以上が主人公補正についての私の考えである。

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