『世界を渡る羽』第一章
遊びをせんとや生まれけむ。どこかの国の本に書かれてあった言葉を、ふと思い出したのは、近くで子ども達が遊んでいたからだ。
時は四月も終わり頃、二十九日の夕方のことである。
青年は次の廃墟へ向かう道中で、とある村に立ち寄った。村の名前はチルノークと言い、村の中心には広い十字路があり、それに隣接するように広場や商店、宿屋などが集まっている。そしてそれらを囲うようにして、東西南北に向かって牧草地と畑が広がり、民家と林がぽつりぽつりとある。また村の東には小高い丘があり、その近くにある森の中の泉から水が湧き出て、村の中心に川が通り、遠く西の海岸に流れ着く。特に目立った建物も無く、至って普通の農村である。しかしそれこそが村のいい所であった。青年がこの村へやって来るのは二度目である。最初にこの村にやって来たのもちょうど今と同じ時期であった。村の中心へ行くと、子ども達は、晩春の暖かな日差しに向かって伸びをする丈の長い草たちを手折り、それらを器用に編んで草冠を作って頭に被っては、牧草地から連れてきた子羊と一緒になって遊んでいた。大人達はというと、何やらそわそわして焦っている様子であった。青年が村に唯一ある宿のほうへ進んでいくと、人集りが出来ているのが見えた。どうやら騒ぎが発生したらしい。
宿の前、村人達が集まっている中心に、やつれた服を纏い、縦長の大きな包みを背負った女性が一人と、その女性が連れている荷運び用のロバが一頭、注目の的となっていた。
「占い一回、八シリング!」その女性は、商人の様な張りのある声で言い放ち、更に人の注目を集めた。「この宿が繁盛するか占いをする代わりに宿に泊まらせておくれよ」宿屋の女将は困った様子でいたが、女性に負けじと声を張った。
「ちゃんとお代を払ってくれなきゃ困るよ。宿泊費は一泊二シリングだよ」
「女将さんの占いも無料でしてあげるからさ。なんと、四シリングもお得だよ。それにアタシの占いはよく当たるって、そこいらじゃ有名さ」
「よく当たるって、ねぇ……」女将はしばらく考え込んだ後に「別にお得にしなくても、自分の占い分ぐらいは自分で出すよ」と言った。すると女性は「言ったね? じゃあ占い代の四シリング、貰うよ」と、指を鳴らしたと同時にニヤリと笑った。そして女将は察して、諦めたようにして言った。
「そんでそれを宿代にしようって訳だね。まったく……」
「ご明答! じゃあ一部屋借りて占ってくるねぇ〜。このロバ君もよろしくぅ」
そう言って、楽しげな女性と呆れ顔の女将は宿の中へと入っていった。ロバは、女将の後ろに隠れていた、悲しそうな顔をした宿屋の主人と一緒に、水飲み場へと消えていった。
騒ぎが静まり、その場に残された人々が散っていく途中、青年は村の人達の話し声を聴いた。
あれが本物のジプシーか。この村にも流れ者が来たぞ。きっと悪いものを連れてきたに違いない。今は大事な時期なのに、なんてことだ……
青年は気分が悪くなり、早く休もうと宿屋の中へと入った。すると宿の主人がまた悲しそうな顔をして店番をしていた。女将はまだ部屋で占いをやっているようで、戻って来ていないみたいだ。
主人は震える声で言う。
「今日は災難だ。いや、もしかしたら……」
「失礼。二泊でお願いします」
「あ、あぁ……二泊で四シリングだよ」
「あの、さっきの女性はジプシーなんですか?」
「あぁ、だろうな。自分でジプシーと名乗ってたからな」
宿の主人の顔はだんだんと青ざめていき、今にも泣きそうな顔をしている。青年は主人をそっとしておくために、部屋に一刻も早く入るように急いだ。
「二泊分の四シリングです」
「あぁ、ありがとよ。ゆっくり休んでいきな」
宿の主人は青年が部屋へ向かうのを見届けると《彼らは眠っている》の札を宿の入口に掛けた。